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 23:56 渋谷駅
 大辻淳一
(おおつじ じゅんいち)


     いい気味だ。
 
 と、淳一はシートの上で足を組み替えた。
 オフクロをバカにしたのがいけないのだ。
 口からでまかせの嘘をつきやがって。オフクロが、そんな男とラブホテルに行くわけないじゃないか。出口でかち合わせしたなんて、言っていい嘘と悪い嘘がある。
 
 死ねばいいんだ。あんなやつ、死んじまえ。
 
 淳一は、大きく息を吸い込み、車内を見回した。
 この先頭車両に乗っているのは、淳一と、向こうに座っているジャンパーの男だけだった。
 
 気持ちの悪い男だな、と淳一はジャンパーの男を見ながら思った。
 一人でぶつくさ言いながら、なにがおかしいのかニタニタ笑っている。酔っ払っているのかもしれない。
 
 いまごろ……と、淳一は人気のないホームに目をやりながら思った。
 いまごろ、あいつは目を覚まして慌てているに違いない。自分が真っ暗な地下の物置に閉じこめられているのに気づいて、真っ青になっているだろう。
 
 いい気味だ。
 
 ドアの錠前を掛けてきてやった。窓もない地下室で、ドアは外から錠が下りている。がっしりしたドアだ。
 
「重いんだよ」
 と、あいつは自慢して言っていた。
「シェルターにも使えるように作った鉄製のドアだから、工事のとき、運び込むのが大変だったんだ。8人で運んだんだぜ。汗だくになって」
 
 だから、開かない。ドアは壊せない。
 どうするよ、おい?
 死んでしまえよ。その自慢の地下で死んでしまったらいい。
 いまさら、謝ったって遅いんだからな。ドアには錠をかけてきたし、その鍵は隣の家の庭に放り込んできた。せいぜい後悔すればいい。後悔して、死んでしまえばいい。
 
 発車のベルがホームに鳴り響いた。
 アナウンスに続いて、ドアが閉まる。
 
 その途端、淳一は、はっとして顔を上げた。
 ほんとに、死んでしまうだろうか……。

 
    ジャンパーの男

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