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 23:56 渋谷駅
 米村正紀
(よねむら まさのり)


    「この電車は57分発の浅草行です。浅草行の最終電車でございます。お乗り違えのないよう、ご注意願います」
 
 そうそう、と米村は駅のアナウンスにうなずいた。
 時刻通りに発車してちょうだいよ。たのんまっせ。
 
 腕の時計に目をやる。11時56分。時計は、出かける前に117で合わせてきた。日本の電車は時間に正確なのが売り物なのだ。正確だからこそ、こういう計画も安心して実行に移せるというもんだ。
 
 米村は、ちらりと斜め向こうの乗客に目をやった。
 
 学生だろうか? あんなに髪を伸ばしてるヤツは、たぶん学生だ。会社に入れば切らなきゃいけなくなる。
 だけど、なんで銀座線に渋谷から乗るんだ? たいていのヤツは地下へ降りて半蔵門線に乗る。半蔵門線に乗っていって、表参道で銀座線に乗り換えりゃいい。こんな地上3階のホームまで、テコテコ上ってくるヤツはそうそういない。どうして半蔵門線に乗らないんだ?
 
 人は、それぞれ、か……。
 
 米村は、ふっと笑いを顔に出した。
 しかし、オレさまも頭がいいね。メイだって感心してた。精緻な計画てのは、こういうのを言うんだろうな。
 なにせ、この計画のために、いままでろくすっぽ読んだこともない本を2冊やっつけたからな。『99%の誘拐』というのと『大誘拐』というやつだ。研究は怠りないというわけよ。まあ、ただ、どっちの本も具体的なところはあまり参考にならなかった。犯人のやってることが派手すぎて、小説としてはあれでいいんだろうが、実際にあんなことやれるわけないからな。作家というのは気楽なもんだよ。あんな現実ばなれした話書いたって、本買ってもらえるんだから。
 
 オレさまは、もっと現実的だ。小説の犯人よりも、ずっと慎重だしな。
 天使のように大胆に、悪魔のように細心に……だったっけ? 誰が言ったんだ? 三波春夫……じゃないよな、たぶん。あれは、お客様は神様です、だもの。
 
 あ、と……そろそろ出発しなきゃいけないんじゃないの? もう、57分になりますよ、運転手さん。
 
 米村は運転席のほうへ目をやった。運転席は、ブラインドが下りていて見えなかった。
 ちょうどそのとき、発車のベルが鳴り、構内にアナウンスが流れた。
 
「浅草行最終電車発車いたします。閉まるドアにご注意ください」
 
 そうそう、それでいいのよ。
 米村は、腕時計に目をやりながら、もう一度うなずいた。

 
    斜め向こうの乗客

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