隣で沢井がなにか言ったように思えて、延原は彼のほうを見た。
電車の走行音にかき消されて、話が聞こえにくい。
「なに?」
声を上げて訊き返すと、沢井は戸惑ったように首を振った。
「なんか、言わなかった?」
「いえ、こっちのことです。なんでもないです」
と、沢井も大声で答えた。
「あのさあ」と、延原は沢井に顔を寄せるようにして言った。「オレたちの仕事ってのはさ、やっぱり、人間関係だからさ」
よく聞き取れなかったのか、沢井が眉を寄せて延原を見返した。
延原は、さらに沢井に顔を近づけた。耳元で声を張り上げる。
「人間関係。オレたちの仕事は、人間関係」
「ええ、そうですね」
「だからさ、もっとこう、沢井君も、そういうとこ知らなきゃだめだよ」
「……はあ」
「はあ、じゃないの。まず、遊ばなきゃだめ」
沢井が延原を見返した。
「あのさ、真面目なんだよな。沢井君、真面目なんだよ」
「…………」
「いいんだよ。真面目は、大いに結構なんだけども、そればっかりだと仕事が堅い一方になっちゃうんだね」
「どういうことですか?」
「もっと、遊ぶの。遊んで、人間関係の、この、なんというかなあ、機微みたいなものをね、知らなきゃだめだね」
「キビ……」
「そう、サトウキビ、なんちゃって。いや、つまり、遊びの基本は、まず、なんといっても、女ね」
「女?」
「そう。昔から言うだろ? 飲む、打つ、買う、ね。今度、連れてってやるよ。いい女の子がいっぱいいるところ、知ってるからさ」
言って、延原は沢井に笑いかけ、彼の肩をポンと叩いた。
車内アナウンスが、次の停車駅を知らせていた。
そう、こいつに遊びを覚えさせることだ……と、延原は思った。遊びを覚えさせ、そして溺れさせる。金を使い、足りなくなり、会社のカネに手を出させる。
急ぐ必要があった。もう、あまり時間がない。
早いうちに、補填しておかないと、エライことになる。
沢井が、延原を見ていた。
延原は、片目をつぶってみせた。
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