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タッタリーラ、タッタリーラ、タッタリーララン――。
米村は、口の中で、でたらめな歌を口ずさんだ。
地下鉄のいいところは、歌が歌えることだ。走行音がうるさいから、少
少の声を出して歌ったところで、誰の耳にも聞こえない。聞こえないとい
うことは、心おきなく歌っていいということなのだ。
タッタリーラ、オレさまーは、てんさーい君!
実にいい気分だった。
もちろん、緊張している。自分でも、珍しいぐらい緊張している。
だが、この緊張感が、米村には楽しかった。なにか意味のあることをや
っている、という充実感があった。こんな充実感を味わったのは、高校三
年の夏休み以来だ。
あの夏休みに、米村は生まれてはじめて自動車を盗んだ。ポンコツのセ
リカだったが、高校生の獲物としては最大級だ。
キーをつけたまま路上駐車してあったのだから、べつにさほど苦労した
わけでもないが、それでもドアを開けるとき、キーを回すとき、アクセル
を踏み込むときの緊張感は、それまで体験したことのない興奮を米村に与
えた。その獲物を押田さんに引き取ってもらうまでの2時間半、米村は目
がくらむような思いを味わったものだ。
押田さんは、セリカの代金として、1万5千円を米村にくれたのだった。
人間、向き不向きってのがあるよね。
米村は、自分に言い、自分にうなずいた。
オレにはやっぱり、こういうことが向いてるんだ。だって楽しいもの。
楽しいってのは、向いてるってことだ。
メイにばっかり働かせてちゃ、いけないよな。オレ、べつにヒモやろう
って思ってたわけじゃないもの。そういうの、向いてないんだよ。メイか
らカネもらってさ、それ持って競輪に行くような生活、そりゃ、まっとう
かもしれない。清らかな毎日かもしれない。だけど、オレには、そういう
普通の暮らしっていうのが向いていないんだ。
オレに向いてるのは、アドベンチャーなライフスタイルなんだね。
気がつくのが、ちょっぴり遅かったのかな。オレって、根っからの冒険
野郎なんだよ、ほんと。
「お待たせいたしました」と、アナウンスが言った。「営団地下鉄銀座線
ご利用いただきましてありがとうございます」
「どういたしまして」と、米村はシートの上でアナウンスにお辞儀をした。
「この電車は、赤坂見附、銀座、日本橋、上野方面、浅草行です」
「あ、そうですか。ごていねいに、どうも」
「次は表参道です。千代田線代々木上原行はお乗り換えです。代々木上原
行きは0時4分でございます」
「いえ、わたくしは、乗り換えはいたしません」
「なお、この電車は浅草行の最終電車でございます。どなた様も、お乗り
違えのないよう、ご注意願います」
米村は、思わず、ぷっ、と吹き出した。
ご注意願います、って、走り出してから注意したって、遅いんでない?
視線を感じて、米村は左に目をやった。
学生風の長髪が、米村を見ていた。
なんだよ。
米村が顎を上げてみせると、長髪はそのまま前に目を返した。
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