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あいつが死んだら……。
淳一は、窓の向こうを流れる渋谷の夜景に目をやりながら思った。
地上三階のホームから発車した電車がトンネルに吸い込まれると、一瞬、
淳一の耳からツーンと音が遠のいた。
死んだら、どうなるだろう?
あいつは、地下室の中で死ぬ。その地下室には、外から錠が下ろされて
いる。錠の鍵はない。
警察が捜査を開始する。
どんな捜査をするだろう?
いや、まず、死体を発見するまでに時間がかかる。あいつの両親は、札
幌に出掛けているのだ。
「法事で、ウチは誰もいないからさ」
あいつは、そう言っていた。だから、僕を呼んだのだ。
「オヤジの酒、飲んじまおうぜ」
両親は、いつ帰ってくるのだろうか? それは聞いていなかった。今晩、
帰らないのは確かだ。明日、帰ってくるのだろうか? せっかく札幌に行
って、一晩泊まるだけで帰ってくることがあるだろうか?
でも、明日帰ってきたとして……明日には、あいつ、死んでいるんだろ
うか?
地下室に閉じ込められて、人間は、どのぐらいで死ぬのだろう?
空気は淀んでいたが、完全に気密というわけではなかった。だから、窒
息死することはない。気密室だったとしても、あの大きさの地下室の酸素
がなくなるには、かなりの時間がかかりそうだ。
だとしたら、餓死……?
1日や2日食べなくても、人は死なない。1週間ぐらいはもつんだろう
か? もっと生きていることもあるのかな?
不安になってきた。
あいつが死ぬのはかまわない。あんなやつは、死んでしまったほうがい
い。
しかし、生きて助け出されて、どうして地下室に閉じ込められているの
かを訊かれるのはマズイ。
「大辻が鍵をかけた」
そんなことを言われたら、僕はお終いだ。
どうしよう……。
ふと、目を上げた。
車内アナウンスがなにかを言っている。走行音にまぎれて、アナウンス
の声が聞きづらかった。
左手に目をやると、ジャンパーの男がニタニタ笑いながら、な
にかをつぶやいている。
気持ちの悪いヤツだ。
その男が、淳一のほうへ目を向けてきた。
淳一は、男から眼をそむけた。
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