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皮膚の剥がれた手首のあたりだけが、スーッとして冷たく感じられた。
相変わらず車内は蒸している。しかし、木の葉型に露出した赤い肉のあ
たりだけは涼しかった。
痛いだろうな、と英和は思った。
腕時計が、この剥がれたところに触れたら、きっとひどく痛むに違いな
い。涼しく感じるのは、ヒリヒリしているからだ。
試みに、英和はその手首に、フーッ、と息を吹きかけてみた。
まるで、北極の風をひとつまみ振りかけたように思えた。
気持ちが良かった。
痛みが走るのを覚悟の上で、英和は、人差し指の先で、そっと露出した
肉に触れてみた。
「…………」
ほとんど、何も感じなかった。
痛みを感じないどころではない。指が触れたという感覚すらないのだ。
なんだか、自分の身体に触れたように思えなかった。隣の人の腕でも突
っついたような感じがする。
指の腹全体を、そこへ押しつけてみた。
やはり、感覚がない。
神経組織まで剥がれてしまったのだろうか?
ふと、そんなふうに思った。しかし、そんなわけはない。神経は、皮膚
の表面だけに存在しているわけではない。
第一、息を吹きかければ、冷たく感じるではないか。冷たさを感じる神
経は、ちゃんと生きているわけだ。
では、どうして触った感覚がないのだろう?
思い切って、英和は、人差し指の爪の先を赤い木の葉型の中央に押しつ
けた。ぎゅっと力を入れ、爪痕がつくぐらい押してみる。
あ……。
英和は眼を見開いた。
指先が、肉の中に潜り込んでしまったからだ。
「…………」
まるでそれは、柔らかい粘土に指を押しつけたような感覚だった。
あわてて、指を引き抜いた。
指の抜けた痕が、ぽっかりと穴を開けていた――。
英和は、車内を見渡した。
電車が停まっていた。どこかの駅に着いたらしい。
英和を見ている者は、誰もいない。
もう一度、英和は自分の手首に目を返した。
普段は時計をして隠れている場所に、ぽっかりと指の太さの穴が開いて
いる。
もう一度、そこに触れようとして、英和は右の人差し指の先が濡れてい
ることに気づいた。
親指の腹にこすりつけてみる。ヌルリ、とした粘り気のある透明な液体
だった。
これは、なんだろう?
血ではない。
手首の穴のほうに目を戻した。
よくみると、穴の内側も濡れている。赤い肉が、濡れてテラテラと光っ
ていた。
そして、周囲の肉からしみ出した液体が、穴の底にたまりはじめていた。
ふう、と英和は息を吐き出した。
やっぱり、病気なんだろうか? オレは、病気なのだろうか?
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