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 23:58 浅草-田原町駅-稲荷町
 沖崎勲
(おきざき いさお)


     爪噛み女が、シートの上から身を乗り出すようにして、沖崎になにか言った。
 
 え? と、沖崎は眉を寄せながら女を見つめた。
 女は、さらに身体を沖崎のほうへ乗り出しながら言う。
 
「……た人でしょ?」
 
 電車の走行音にかき消されて、なにを言っているのか聞き取れない。
 沖崎は、顔をしかめながら首を振った。
 
 ちょうどそのとき、電車が田原町駅に滑り込んだ。
 何を思ったのか、女はシートから立ち上がり、膝に載せたリュックを手に沖崎の隣に席を移ってきた。
 
「…………」
 沖崎は、驚いて隣に座った女を見返した。
 女が、ニッコリ笑って、またうなずいた。
 
 電車が停止してドアが開くと、車両中央の乗降口からが乗車してきた。二人は、どうやら連れであるらしく、車内を見渡すと、つい先ほどまで爪噛み女が座っていた席まで歩いてきて、並んで腰を下ろした。
 
「トシ君のところに来てた警察の人だよね?」
 
 いきなり、爪噛み女に言われて、沖崎はギョッとして彼女に目をやった。
「そうでしょ? やっぱりそうだよ。警察の人だよね」
 
 沖崎は、思わず車内を見渡した。
 兼田勝彦と、目があった。兼田は、怪訝な顔つきで沖崎の隣に座った女を見ている。
 前を向いていろ、と言うように、沖崎は小さく顎をしゃくり上げた。
 兼田が正面に視線を返したとき、チャイムの音とともにドアが閉まった。
 
 なんだ、この女――?
 幸いなことに、兼田以外に女の言葉を聞きとがめた者はいないようだった。
 もし、犯人の耳に女の言葉が聞こえたら、大変なことになる。
 いったい、誰だ、この女は? トシ君だと?
 
 電車が走りはじめた。
 
「誰だったけかなあって、ずっと考えてたの」
 女が言い、沖崎は首を傾げた。
「人違いをされてるんじゃないですか?」
「人違い? まさかあ。だって、ぜったいそうだよ。トシ君とこに来てた人じゃない。3べんぐらい見たもん。トシ君に訊いたら、刑事さんだって」
 その言葉に、沖崎はまたギョッとして車内に目を走らせた。
 こいつを黙らせなければ……。
 
「トシ君って、誰?」
 女が、眼を瞬いた。
「やだ、覚えてないの? 神坂敏夫」
 
 神坂――。
 あ、と気づいて、沖崎は女を凝視した。

 
    爪噛み女 乗って 
きた男 
乗って 
きた女 
   兼田勝彦

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