どこか、妙だ……。
と、兼田はホームにいる男を眺めながら思った。すでにドアは開いているにも関わらず、男はホームに突っ立ったままでいる。
なんだろう……?
見ていると、その奇妙な風体の男は、ドアが閉まる直前になって電車に飛び込んできた。
兼田は、思わず膝のクーラーバッグの縁を握りしめた。
乗り込んできたあとの男の行動は、さらに奇妙だった。
シートに座ろうともせず、どこか落ち着かない様子で車内を見回している。その男の顔は、表情というものをまるで持っていなかった。身体全体の様子は、落ち着きがなく、なにかびくついているような印象でもあるが、その表情はいっさいの感情をなくしてしまったように見える。
仮面のようだ、と兼田は思った。
まさか、こいつが……。
そう思ったとき、男がその無表情な眼を兼田のほうへ向けてきた。
慌てて、兼田は男から目をそらせた。
まさか、この男が――。
そのときになって、兼田は、犯人が必ずしも銀座にいるとはかぎらないということに気づいた。
犯人は、23時57分発の最後尾車輛に乗れと言ったのだ。
なぜ、最後尾車輛なのか? それは、犯人が途中で乗ってくるためということだってあり得るではないか。
だから……だから、警察の人間も、この電車に乗ったのだ。私を守るためではなく、犯人が現われる可能性があると考えて、警察は刑事をこの車輛にも乗せた……。
つまり、警察は、最初からここに犯人が乗ってくることを予想していたのだ。
兼田は、いっそう息苦しくなった。
あいつか? あいつが、和則をさらったのか?
突っ立ったままの男のほうを見ないようにしながら、兼田は奥歯を噛みしめた。
いや……。
しかし、それにしては男の服装が派手すぎる。
はたして、誘拐犯がこんなチンドン屋のような格好をして現われるだろうか? 目立ちすぎるではないか。
では、違うのだろうか?
どこにいる。どこにいるのだ?
兼田は、大声でわめき出したかった。
必死で、そんな自分を落ち着かせる。みっともない。和則に笑われてしまうぞ。いいか、どうせ、犯人はいつか現われるのだ。2000万を持ってこいと言われたのだから。どこかで犯人は、このカネを受け取るために現われる。落ち着くんだ。和則のためにも、落ち着いて、しっかりとカネを犯人に渡すのだ。
立っていた男が、斜め前のシートに腰を下ろした。
思わず、兼田はその男のほうへ目をやり、そしてまたその目を伏せた。
「パパ!」
と、和則の声が耳の奧に響いた。
「パパ、はやくきてね」
いま行くからな。待っててくれよな。心配しないでいい。ちゃんと、ちゃんとお家に帰れるからね。
「まもなく上野、上野でございます。日比谷線、JR線、京成線はお乗り換えです。お忘れ物ないよう、ご注意を願います。なお、電車とホームの間広くあいております。足下にお気をつけ下さい。上野でございます」
まだ、上野か……。
兼田は、唇を噛みしめた。
腕の時計に目をやる。
12時を回ったばかりだった。 |