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 24:00 稲荷町駅
 越後屋トミー
(えちごや とみー)


     ピーッ! とホーム全体に鳴り響いた音に、トミーは思わず昇天しそうになった。
 懲罰装置が発する音鞭を増幅したような波形だったからだ。
 そのあまりの恐怖に、2発続けて放屁した。しかし、今のトミーには、自分の放屁すら自覚できなかった。

 続いて、再び、ピンポンピンポン、と奇妙な音が響きわたる。
 先ほど開いたスリットが閉じられる気配を感じて、トミーは、反射的に一番端のスリットから、その銀色の奇怪な物体の内部へ自分を移動させた。

 あ――。

 乗るつもりじゃなかった……と、振り返ったときはすでに遅く、彼の後ろでスリットは完全に閉じてしまっていた。ぽっぽっぽっぽ、と放屁の連発。絶望的な状況に、トミーは小さく「別れの歌」を口ずさんだ。

「さよなら~。みなさま~。これでおわりねえ~」

 そして、身体中の粒子という粒子を核反応させるがごとき振動とともに、トミーを載せた〈地下鉄〉全体が移動を開始した。
 た、たすけられたい……!
 もう、調査どころではなかった。これは、拷問だ。これほど恐ろしいことは、生まれて一度も体験したことがない。
 ホモサピエンスが二体、トミーを見ていた。一体は小型のホモサピエンスを抱えておりもう一体は青い矩形の容器を抱えて腰を下ろしている。彼らが座っているのは休息機に似た土色の台の上だった。

 どうして、こいつらは平気な顔をしていられるのだろう……。
 トミーは、ホモサピエンスたちを見ながら思った。目を合わせると、二体の下等生物はトミーから目をそらせた。
 この〈箱〉に棲息しているホモサピエンスは十体だった。誰もが平気な顔をしている。いや、一体だけ妙な波長を放出しているのがいるが、他の九体は、この音にも振動にもまったく反応を示していない。

 もしかして……。
 とトミーは気づいた。
 もしかすると、彼らと同じように休息機の上に座らなくてはいけないのではないか?
 あの休息機には、過度な振動や音を吸収する機能が与えられているのではないか?

 トミーは、慌てて目の前の休息機へ移動し、ホモサピエンスたちを真似てそこへ腰を下ろした。
「…………」
 一瞬、なにか、寒気のようなものがトミーの身体をすり抜けた気がしたが、揺さぶり続ける波動はそのままだった。

 こいつら、ばけものだ……。

 トミーは、恐怖と緊張の中でそう思った。

「まもなく上野、上野でございます。日比谷線、JR線、京成線はお乗り換えです。お忘れ物ないよう、ご注意を願います。なお、電車とホームの間、広くあいております。足下にお気をつけ下さい。上野でございます」

〈箱〉の中に拡声器の声が響いた。その声も、常軌を逸している。とにかく、この振動や音を上回る音圧を加えてくるのだから。

「ごめんなさい。もうしません。ゆるされてください」

 トミーは、願いをこめて、そう言った。


    小型のホモサピエンスを
抱えている一体
青い矩形の容器を
抱えている一体 
    妙な波長を
放出している一体

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