![]() | 24:00 上野駅 |
気が重かった。 これから先のことを考えると、すべてに対して気が重い。
とうとう親父は、なにもかもを俺に押しつけて逝ってしまう。自分はいいところだけ取って、後始末はなにもかもが俺だ。 どうせ、俺は小者だ。 と、賢三は、目の前の広告板の中から微笑みかけてくる美女を見つめながら思った。 俺に、社内の右派と左派を抑える腕はない。親父が会長に退いたとき、一時的に社内がまっぷたつに割れた。俺は頭を抱え、親父に相談し、そして結局、親父が河野と斉藤を説得したのだ。前社長の顔を立てて河野派も斉藤派も、一応、俺を支持する体制を取った。だが、親父が死ねば、そんな見せかけはすぐに崩れる。今度こそ、社は二つに割れる。それをまとめる腕は、俺にはない。
それに、社内が見かけだけでもまとまってくれていたのは、この構造不況があったからだ。危機感が、仲間割れにブレーキをかけていた。しかし、いつまでも不況ではない。徐々に景気は上を向きはじめている。前年比280%のマニラ支社。サンパウロも230。喜ぶべきだろう。
俺を枕元へ呼んで、親父は何を言うつもりだ?
ふと、気づいて、賢三は絢子に訊いた。
妻の口調が、賢三の癇にさわった。
怒鳴りつけてやりたい気持ちを、賢三は抑えた。 「一番線、まもなく、渋谷行、参ります。一番線に参ります電車、渋谷行でございます」
電車の到着を、アナウンスが告げた。
「呼んだほうがいいかな」
わかりきったことを、絢子が訊き返した。
「彰男だよ」
賢三は妻を見つめた。
「お袋? お袋は関係ない」
嫌味な言葉に、賢三は絢子を睨みつけた。
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![]() | 絢子 |