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 24:00 上野広小路駅
 落合綾佳
(おちあい あやか)


     「ふざけんなよな、このお」

 綾佳は、ホームに誰もいないのをいいことに、また口に出して言った。

 電話かけて訊いてんだから、部屋の番号ぐらい教えて上げなさいよね。やな女だなー。嫌われるよ、そういうことしてると。
 それとも、なにを言っても許されちゃうような、すっげえ美人だとか?

 得だよな、美人だとさ。それだけで、オッケーだもんね。男ってのはバカだから、美人の前に出ると、もう、パッパラパーになっちゃうしさ。
 ミチコだって、あれは、親からもらったあの顔があるからだ。まあ、そんなミスなんとか的な美人じゃないけど、でも可愛いからね。実力じゃないぞ、ミチコ。そこのとこ、よーく、わかっておくように。

 って、そういう問題じゃないか。
 暗号か。
 これ、暗号? こういうの、アンゴーとか言っても、逮捕されないワケ?

 何号室なのでしょう? なんて、どこをどうやってひねくり回すと、部屋の番号、現われんの?
 文字の数、とか?
 めんどくせーな。これ、数えるとしたら。

 えーと、とそれでも綾佳は、ワープロの文字を数えはじめた。

 ジュディの案内状は、署名まで含めると、全部で7行。文字数は、句読点まで含めて107字だった。

 107号室?
 つまり、1階の7号室?

 違うよなあ。そんなのが答えだったら、ぶんなぐるぞ、あのパズ研。
 そういうの、暗号でもなんでもないもんな。

「なんなのよー」

 口に出して言ったとき、横で「は?」という声がして、綾佳はびっくりして左のほうへ目をやった。
 いささか、くたびれた感じのオヤジが、綾佳を見つめていた。
 綾佳は、慌ててオヤジに首を振り、肩をすくめながらプリントに目を戻した。

 いっけない……いつから、いたんだ? あのオヤジ。
 まいったなあ。話しかけてこないでよ。オヤジなんて、興味ないんだからね。まあ、もちろん、ステキなオジサマはべつよ。オジサマとオヤジは、別の人種だからね。あたしは、そういうとこ、人種差別するからね。男は顔よ。女はカラダ。とか言って。

 それにしても……と、綾佳は頭をレベル2の問題に戻した。
 どこが、部屋の番号?
 ぜんぜん、わかんないじゃない。
 暗号だったら、もっとちゃんと暗号らしくしなさいよね。トラ、トラ、トラとかさ。あれ、どうして真珠湾攻撃の意味になるんだ? 逆に読んでも、ラトラトラトだし、頭だけ拾っても、トトトじゃん。

「…………」

 ふと、綾佳は問題を見返した。
 頭だけ拾ったら……。

 案内状の行の頭の音だけを拾ってみる。
《ひよふおぜあ》
 なんの意味もない。
 では、最後の音をつなげると……。
《たんのしたね》

 綾佳は、眼を瞬いた。
 たんのしたね……?
 なんとなく、言葉になっているような気がした。


    くたびれた感じの
オヤジ

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