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もう、26年なんだよなあ……。
笠松富士夫は、赤坂見附のホームを旧友と肩を並べて歩きながら、また
思った。
中学を卒業して、もう26年。なんだか、あっという間だった。大学を
出て、就職して、結婚して、子供が産まれて……まあ、こうやって並べて
みると、なんとも当たり前の26年間だが、その年月が、今日ばかりはど
こかすがすがしく感じられてしまう。
笠松は、隣を歩いている旧友にチラリと視線を投げた。
つられたように、旧友も、笠松のほうを見た。
なんとなく笑いが頬をゆるませ、旧友のほうも、同じように笑う。
「なんです?」
旧友が、笑いながら訊いた。
「いやいや」
笠松は、笑いながら首を振った。
それで、2人とも大笑いになった。
実に、気分がいい。
結城克己……たしか、そうだ。
と、笠松は旧友の笑顔を見て、思い出した。
ついさっきまで、この旧友の名前が、まるで出てこなかった。同窓会の
パーティで、お互いに「やあ、しばらく」「変わらないなあ、あのころと、
全然変わらない」などと言い合い、そのまま2次会、3次会と一緒に流れ
たが、結局、名乗り合うきっかけを逸してしまった。
喉元まで、出かかっている名前が、もどかしく思えたが、いまさら「え
えと、誰だっけ?」でもあるまい。それに、旧友のほうは、こちらを覚え
てくれているのに、こっちが忘れているというのも具合が悪い。
しかし、結城克己――そう。その通り。ようやく思い出した。
ただ、この結城とは何年の時に一緒だったっけ? それが、まだはっき
りとしない。
まあ、しかし、そんなことはどうでもいい。
帰ってから、卒業アルバムを引っぱり出せばいいことだ。
2人は肩を並べて、ホームの端のほうまでやってきた。
「だけどさあ」と、乗車位置表示の上で足を止めながら結城が言った。「
やっぱりさみしいよなあ。自分の卒業した学校がなくなっちゃうなんてさ
」
「まったく」と、笠松はうなずいた。「都心部は、逆に過疎化してるから
仕方ないとはいっても、なんだか裏切られたみたいな気がするよ」
来年の3月で、2人の通っていた中学校が消滅する。名目としては、隣
町の中学と併合されることになったというのだが、事実上は消滅だった。
「なんていうかな。ほら、ダムが出来るんで、自分の住んでた村が水の底
に沈んでしまうとかって、テレビのドキュメントであったりするだろ?」
「ああ、うん。もの悲しいよね。そういうのは」
「それと、似たような気分だね」
「そうだねえ。浦島太郎みたいな気分でもあるよね。竜宮城から帰ったら、
親も兄弟も友人知人、みんないなくなってたみたいな、ね」
笠松が言うと、結城は笑顔を向けてきた。
「浦島太郎か。うまいこと、言うなあ。中学の時から、君は、そうだった
けど」
「え、そうだった?」
笠松は、苦笑しながら旧友を見返した。
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