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旧交をあたためる――そんな言葉を頭に浮かべて、栗原知行は、つい苦
笑した。
まったくもって、その通りだ。こうして、30年前の卒業以来会ったこ
とも年賀状をやりとりしたこともなかった同級生と、これだけ打ち解ける
ことができたんだから。
そう、古田先生の口癖が「温故知新」だったっけ。
横を歩いている東海林進は、中学1年の時に同じクラスだった。
あのころは、どこかひねくれたヤツだと思っていたし、友達づきあいも
ほとんどしなかったが、今になって考えてみると、ひねくれていたという
のは考え方が独創的だったからだ。どちらかと言えば、平均的なオレの頭
ではついていけなかったということだろう。
それが、30年経って会ってみると、これほど懐かしい相手になってい
たとは。
東海林がこちらを向き、栗原も彼に目を合わせた。
ニヤニヤしている東海林の表情に、つい、栗原も笑顔になった。
「なんです?」
笑顔のまま訊き返した。
「いやいや」
と、東海林も笑って首を振った。
ぷっ、と栗原がふきだし、2人で声を上げて笑う。
年月は、人を丸くする。
自分自身も、ずいぶん角が取れてきたと、このごろは思う。
そりゃあ、そうだ。オレも、この東海林も46歳なのだ。もう、いいか
げん突っ張っているような歳ではない。
東海林の仕事のことを訊くのを忘れていたが、彼も、オレ同様、部下を
持つ立場だろう。揉まれ、鍛えられてきた仲間というわけだ。
ホームを先頭のほうまで歩いてきて、2人はどちらともなく足を止めた。
ふう、と栗原は息を吐き出した。だいぶ飲んだ。オレも、飲めなくなっ
たもんだ。
「だけどさあ、やっぱりさみしいよなあ。自分の卒業した学校がなくなっ
ちゃうなんてさ」
言うと、東海林がうなずいた。
「まったく。都心部は、逆に過疎化してるから仕方ないとはいっても、な
んだか裏切られたみたいな気がするよ」
裏切られた、か……。
うまい言い方をするなあ、と栗原は思った。
やっぱり、こいつは中学の時から、独創的なヤツだったんだ。
その中学がなくなってしまう。来年からは、あの校舎で勉強する後輩た
ちはいないのだ。校舎自体が、解体され、そのあとは区の施設になってし
まうらしい。
つまらんよなあ。
栗原は、やれやれと首を振った。
また、溜息が出る。
「なんていうかな。ほら、ダムが出来るんで、自分の住んでた村が水の底
に沈んでしまうとかって、テレビのドキュメントであったりするだろ?」
東海林が、うんうん、とうなずいてみせた。
「ああ、うん。もの悲しいよね。そういうのは」
「それと、似たような気分だね」
「そうだねえ。浦島太郎みたいな気分でもあるよね。竜宮城から帰ったら
、親も兄弟も友人知人、みんないなくなってたみたいな、ね」
「浦島太郎か」と、栗原は東海林を見返した。「うまいこと、言うなあ。
中学の時から、君は、そうだったけど」
「え、そうだった?」
東海林が照れたような顔で笑った。
栗原はおおきくうなずいた。
いや、ほんとにうまいことを言うヤツだよ。
浦島太郎か……。
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