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 24:03 末広町駅
 龍造寺公哉
 (りゅうぞうじ きみや)


     龍造寺は、婦人が瞼を押さえ、涙を拭う姿を見た。

 ああ、父よ。

 と、龍造寺はホームの天井を仰ぐ。
 私は、あの女になにをしてやれるのでしょうか?

 あなたは、私に人の心を透視する力を与えられた。しかし、あなたが与えたもうたものはそれだけなのですか?
 人の心だけをみせて、あとはお前が自分でやれと言われるのでしょうか?
 なぜ、私に、スーパーマンとか、マイティハーキュリーとか、ワンダーウーマンとか、超人ハルクとか、あるいはマジンガーZとか、鉄腕アトムとか、月光仮面とか、せめてけっこう仮面のような能力を与えてくださらないのでしょう?
 あの女は、救いを求めているのです。

 婦人は、しきりに瞼を押さえていた。
 龍造寺は、彼女の心の声を聞く。

 ――いったい、子供たちをどうすればいいのでしょう。7つを頭に9人の子供がいるというのに、女手一つで、どうやって育てていけばいいのかしら。

 7つを頭に9人の子供……?

 いささか奇妙に思ったが、龍造寺はその邪念を振り払った。
 島倉千代子も言っている。人生はイロイロなのだ。一生子供に恵まれない夫婦もいる一方で、7つを頭に9人の子供を持った未亡人がいてもおかしくはない。9人のうち双子や三つ子が何組か含まれているのであろう。

 ――そうだ。

 と婦人が前方へ目を上げた。

 ――何人か子供を売ればいいんだわ。

「…………」
 龍造寺は眼を見開いた。

 ――そうよ。9人もいるんですもの。1人や2人売ったところで、さほどの違いはないわ。子供を売ってお金が入って、その上、ご飯を食べさせなきゃならない口が減るんだから、一挙両得というものじゃなくて?
 ――いま、子供の相場って、いくらぐらいなのかしら? 1万円や2万円ってことはないわよね。10万円や20万円でもないでしょう。やっぱり、女の子のほうが高く売れるのかしら。男の子は力仕事をやらせるぐらいしかないけど、女の子だったらいろいろ使い道もありますからね。うふふ。
 ――男の子は50万円。女の子だったら200万円ぐらいにはなるんじゃないかしら。もし、それよりも安い値段を言ってきたら、断らなくちゃね。弱みをみせてはいけないのよ。ああいう人たちは、足元を見てくるから。

 龍造寺は眼を瞬いた。
 なんてことを考えてるんだ、この人は……。

 ――7歳と1歳と、どっちが高く売れるかしら。売り手としては、やっぱり手間をかけただけ年上のほうを高く買ってもらいたいわね。ご飯もたくさん食べさせたし、ちゃんとしつけもしてあるし、言葉だって教えてあるんですから。犬だって、トイレのしつけが済んでいるほうが高いでしょう? よく知らないけど、多分そうだと思うわ。
 ――でも、だからといって、小さい子を安く売るってわけにもいかないわね。小さい子は、それだけ可能性があるってことなのだから。つまり、その子の人生をどうにでもできるってことなのよ。汚れてしまったノートと、真っ白いページばかりのノートじゃ、やっぱりみんな新品を買いたがるでしょう。
 ――ああ、悩んでしまうわ。誰を最初に売ったらいいのかしら。

 龍造寺は、なんとなく耳の後ろを掻いた。
 人間とは、かくも恐ろしいものだ。
 追いつめられた者の心は、どうにも計り知れない。

 ――ただ、よくわからないのは、どこで買ってくれるのかってことだわ。チャイルド・マーケットとかって、あるのかしら? それとも、やっぱりこういうことも福祉事務所で扱っているの?
 ――子供を売るなんて初めてのことだし、よくわからないわ。どこかに「不要な子供をお持ちの方、いますぐご相談ください」とかって広告でも出てないかしら。
 ――子供電話相談室ってあったわよね。あそこに電話してみたら、教えてくれるかしら。前にラジオで聴いてたときは、子供がわからないことを相談するようなのばっかりだったけど、放送していないぶんもあるんだろうし、きっと、子供を売りたいんですけどって相談なんかはカットしてあるのよね。だって、まさかそういうの放送できないでしょうし。放送コード? 引っかかっちゃうわよねえ。きっと。
 ――ああ、わからない。どうしたらいいんでしょう。せっかく、道が開けたと思ったら、今度は子供の買い手を捜す方法がわからないなんて。私って、どこまで不幸なんでしょう。

 龍造寺も、いささか判断に迷いが生じていた。
 この婦人を助けてやるべきなのだろうか?

 婦人は、ホームの端で、また目頭を押さえて涙を拭いた。


    婦人

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