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 24:05 末広町駅-神田
 東 大
 (あずま まさる)


    「いまに見ていろ、オレだって。
 押しも押されぬミュージシャン。
 CD出せば100万枚。
 プロモビデオはスピルバーグ。
 世界征服、マサルちゃん。
 最後に笑う、マサルちゃん」

「ウォッ、オッ、ウォウォ。
 ウォッ、オッ、ウォウォ」

「群がる女を押しのけて。
 ビューティクイーンを両腕に。
 胸に一輪バラの花。
 真っ赤に咲いて、赤飯炊いて。
 元気いっぱい、腹いっぱい。
 キャビア、フォアグラ、ふろふき大根。
 贅沢三昧、ギョーザにシュウマイ。
 ゴールドカードに、プラチナ眼鏡。
 シルバーシートは、なんのため?
 けっこう毛だらけ。ネコ灰だらけ。
 ケツの周りはクソだらけ。
 それ!」

「ウォッ、オッ、ウォウォ。
 ウォッ、オッ、ウォウォ」

「もちろん、今は、ただのプー。
 アダナはトーダイ、中身は落第。
 親はあきらめ、センセはみはなし。
 こうしてラップをがなるだけ。
 だけど5年後、10年後……」

 なにか得体の知れない視線のようなものを感じて、マサルは右へ目をやった。浮浪者のような男が、斜め前のシートからマサルを見つめていた。

「…………」

 なんだ、ありゃあ――。
 マサルは、眼を瞬いた。
 風体こそ浮浪者のようだが、そこから発している雰囲気はただ者ではなかった。異様な迫力がある。男は首を傾げるようにしてマサルを無表情に見つめている。

 ぶっ飛んでるじゃん。

 マサルは、再びイヤホンのリズムに身体をあずけた。

「こいつはキてるぜ、イッてるぜ。
 ゴミの中から出てきたような。
 汚ねえジャージに、ボロシューズ。
 なのに眼ん玉ギラギラと。
 ケダモノみたいに輝かせ。
 ありゃあ、いったい何者だ」

「クールじゃないの、ロックじゃないの。
 いささかレゲエも入っているが。
 ヒップで、ポップで、ラップでグー。
 生まれてこのかた、あんなヤツには。
 一度も出会ったことがない。
 ホントに、あれはなにモンだ」

 と、その男が、向こうのシートで腰を上げた。
 そしてゆっくりと、マサルのほうへ近づいてきたのだ。

 なに……?
 どういうこと?

 見ていると、男は隣に腰を下ろし、マサルの眼を覗き込んできた。
 あ、あの……と言いかけたマサルの言葉を遮るように、男は一声「ワオ!」とうなずきながら言った。
 まるで、目の前で虎が吼えたような迫力だった。
 しかし、男は表情一つ変えるわけでもなく、クールにマサルを見つめている。

「……わ、わお」

 唾を呑み込みながら、マサルは男に返した。
 男は、自分の拳の甲を、長い舌でペロリと舐めあげた。

 ぶ、ぶっ飛んでる……マサルは、再び思った。


    浮浪者のような男

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