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いきなり、飛沢がホームを走り出した。電車がゴウゴウと音を響かせな
がら入ってきていた。
「走れえっ!」
きったねえ……と、思いながらヒロシは飛沢を追いかける。時間稼ぎだ。
思いつかないもんだから、逃げてやがる。
「待てよ! なんでそんなほうまで行っちゃうんだよ、このバカ野郎」
どんどんホームを走っていく飛沢に声を上げた。
飛沢は、とうとう先頭の車両まで走り、ちょうど開いたドアから電車に
飛び込んで行った。その飛沢にぶつかりそうになったオッサンが、怒った
ような顔をして降りてきた。その後ろから、ちょっと色っぽい奥さんが続
いて降りる。ヒロシは、その奥さんを目で追いながら電車に乗った。
さっさとシートに腰を下ろしている飛沢の隣へ座る。南雲のバカが前に
立った。
「オズ、飛沢の番」
と、ヒロシは飛沢に言った。
「オズって、オズの魔法使いのオズ?」
前で、南雲のバカが訊く。ヒロシは、ふん、と鼻で笑って無視した。
「早く!」
飛沢に迫る。
飛沢は、くさった顔をしてボソリと言った。
「エメラルド・シティ」
ヒロシは思わず吹き出した。
「なんだ、きったねえ」
「なんでさ」
飛沢がヒロシをにらみ返す。
「だって、同じじゃん。オズとエメラルド・シティじゃ」
「オズの首都がエメラルド・シティ。日本と東京は別モンだろ。同じじゃ
ねえよ」
飛沢は屁理屈をこねてそう言った。
ドアが閉まって、電車が動き出した。
「なあ、エメラルド・シティって、オズの魔法使いに出てくるエメラルド
・シティか?」
南雲のバカが、寝惚けた声で言った。
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