 | 24:07 神田-三越前 |
|
「まあ、いいか」 と、秋葉君が飛沢君に言った。 飛沢君は、もっともらしい顔をしてうなずいた。その顔が面白くて、明久は、クスクスと笑った。 おっと、笑ってる場合じゃない。 「じゃあ、今度は僕だね」 明久は、思いつかなかったので、さっき考えたままの地名を答えた。 「ええと、じゃあ、僕はカドリング国」 秋葉君と飛沢君が、一緒に明久を見上げてきた。 「なんだ？」 秋葉君に訊き返されて、明久はもう一度言う。 「カドリング国」 「……それ、何に出てくるんだよ」 「え？」 逆にびっくりした。なんに出てくるって……だって、その。 「オズのシリーズに登場する隣の国の名前だよ」 言うと、秋葉君と飛沢君は顔を見合わせた。 「そんなの……あったか？」 ２人で首を傾げあっている。 「あるよ。オズの魔法使いは好きなんだよ。何度も読んだから。『オズの虹の国』も『オズのオズマ姫』も、それから『オズのつぎはぎ娘』も、ええと『オズの――』」 「わかった、わかった」 秋葉君が、説明よりもゲームを続けようと言うように先を促した。 「今度は秋葉君だよ」 言うと、秋葉君がうなずいた。 こういうのって面白いなあ、と明久はまた思った。 ルールはいたって簡単で、海外の小説に出てくる架空の地名を知っている限り順番にあげていくだけなのだが、１つ地名が出てくる度にその小説の物語や雰囲気が思い出されてくる。地名を言えなくなった人が負けになる。 すごく刺激的なゲームだ。 「ラピュタ」と秋葉君が言った。「次、飛沢の番」 ああ、ラピュタか……。 またオズの魔法使いから出てくるのかと思っていたけど、さすがに秋葉君は意外なところから答えを出してくる。 「ラピュタって、ガリバー旅行記の飛ぶ島だよね」 楽しくなって、明久は言った。 「ほら、早く！」 秋葉君も、楽しそうに飛沢君に次の答えを迫っている。 飛沢君は、ウーンと、口を横に結んで考えている。 「リリパット」 見事に、飛沢君が答えを出した。 「なんだよ、それえ」 秋葉君が、素っ頓狂な声で反応する。面白くて、明久はまた、クスクスと笑った。 「なんだよ、とは、なんだよ」 飛沢君が言い返す。 「同じじゃないかよ。オズって言えばエメラルド・シティで、ラピュタだと今度はリリパット？」 「いいんだろう？ 立派な架空の地名だ」 「それじゃ、連想ゲームになっちゃうぜ」 「連想ゲームでいいじゃないか。ガリバー旅行記が１つ出たら、その地名を全部あげたっていいわけだろ？ だめだってルールは聞いてないぜ」 「いや、まあ、そうだけどね」 「そうやってつぶしていくのも、戦略の１つだよ」 「だけど、想像力が貧困だなあ」 「ああ」 明久は、そうか、とうなずいた。 「なるべく前の人と違った種類の地名を言ったほうがいいわけだね？」 やっぱりそうだな。 いろんな地名に飛んだほうが想像力も拡がるわけだ。 さすがだなあ。やっぱり秋葉君は言うことが違うんだなあ。 「とにかく、リリパット。貧困でも何でもいい。続けられればそれでいいのだ」 飛沢君は、意地になって言う。その表情が、とっても面白い。 「わかった、わかった」 秋葉君も、楽しそうに言った。 「ええと、じゃあ、僕だね」 明久は、必死になって考えた。 なるべく違う出典からのほうがいいんだ。 ええと……。 「じゃあ、シャングリラ」 言うと、また秋葉君と飛沢君が、そろって顔を上げた。 「なんだって？」 秋葉君が訊き返す。 「シャングリラ」 言うと、これはさすがの秋葉君も知らなかったようで、飛沢君と顔を見合わせた。 「知ってる？」 飛沢君が首を振った。 「ポオの『ヴァルドマアル氏の病床の真相』って短編に登場するんだ」 明久はニコニコ笑いながら言った。 「それとジェイムズ・ヒルトンの『失われた地平線』にも出てくるんだよ」 へえ、という表情で、秋葉君と飛沢君は顔を見合わせた。 面白いゲームだなあ、と明久はまた思った。 |
 | 秋葉君 |  | 飛沢君 |