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 24:07 三越前駅
 長谷川幸太
(はせがわ こうた)


    「1番線、電車が参ります。1番線に参ります電車、銀座、赤坂見附方面、渋谷行です。黄色い線より下がってお待ち下さい」

 ホームへの階段を下りていると、アナウンスが告げていた。
 ちょうどいい。
 長谷川幸太は、思わず笑いを顔に出した。

 つい先ほどまで、笑いたくて笑いたくて仕方がなかったのだ。
 でも、もちろん、その笑いは必死に押し隠した。へんに思われても困る。

 しかし、もう笑っていい。
 やったのだ。私は、とうとうやったのだ!

 階段を下りたところで、ホームの中央でよろけながらニヤニヤと笑いかけてくる男と目が合った。
「…………」
 幸太は、ギクリとして立ち止まり、男から目をそらせて壁のほうを向いた。顔の笑いを引っ込めた。
 酔っぱらいのようだった。

 今日はとにかく、誰にもからまれたくない。
 この……と、幸太は右手に提げている紙袋に目をやった。
 こいつを持っているときは、妙なヤツと関わり合いになるのだけはごめんだ。

 なにせ――と、幸太は、また自分の顔がほころんでくるのを感じながら思った。
 私は、とうとうやったのだ。
 とうとう手に入れた。

 オーデマ・ピゲの逸品が、この中に入っているのだから!


 
    笑いかけてくる男

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