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「いいかげんにしてよ」
ホームをずんずんと先へ歩きながら、雪絵はまた言った。
チラリと横を見ると、鶴見七郎は相変わらずのぶすっとした表情で黙って
雪絵に付き添っている。
会社員風の男女の脇を通り過ぎて、雪絵はいきなり足を止め、鶴見を振り
返った。
「どこまでついて来るつもりなの?」
鶴見は表情を変えず雪絵を見返した。
「お屋敷へ戻られるまでです」
「帰らないわよ。今日は」
「では、ずっとお側におります」
ひっぱたいてやろうかしら、と雪絵は思った。
おそらく、ひっぱたいたとしても、この男は表情ひとつ崩さず、そのまま
雪絵の監視を続けるに違いない。こいつには、人間の感情というものがどこ
にもないのだ。ただただ、命令に従って雪絵を監視し続けるしか能のない男
なのだ。
「ねえ、あなた、親父からいくらもらってるの?」
「私の雇い主はお父様ではありません」
「ああ」と、雪絵はうなずいた。「お祖父ちゃんね。いくらもらってるのよ」
「お嬢さんにそれを申し上げることはできません」
「そのお嬢さんっての、やめてって言ってるでしょう!」
「では、どのようにお呼びしますか?」
ふん、と雪絵は視線を鶴見の背後へ向けた。
男2人、女2人の4人連れがホームを歩いてきて雪絵と鶴見をやり過ごし、
少し離れたところで固まって立ち止まった。
鶴見に目を返す。
「あたしには名前があるんだから、せめて名前で呼んでくれたらどうなの?」
「雪絵様、とお呼びすればよろしいですか?」
「サマ? なによそれ。雪絵ちゃん、とか、雪ちゃんとか、なんだったら、
雪絵って呼び捨てにしてもいいわよ」
「そのようなことはできません」
「おかしいと思わない? あたしはもう25なのよ。子守が必要に見える?」
「子守ではありません。警護です」
「あたしにどんな危険があるって言うのよ」
鶴見はなにも答えずに、周囲を見渡した。
警護? 嘘ばっかり。
ようするに、あたしが妙な男たちと遊び回らないように監視してるってだ
けじゃないの。この鶴見がいるお陰で、男の子なんて、誰も寄りついてくれ
ないんだから。
あまりにも癪に障ったから、今日は下着の試着につき合わせてやった。試
着室のカーテンから首をつきだして、背中を向けて突っ立っている鶴見に「
黒と赤と、どっちが好き?」と訊いてやった。この男は、背中を向けたまま
声の調子ひとつ変えずに「白です」と答えた。頭に来たから、真っ赤なブラ
を鶴見の頭に放り投げてやった。彼は頭に引っかかったブラを取り、平然と
横にいた女子店員に手渡した。
「ねえ」
と、雪絵はバッグから財布を取り出した。
「ここに20万ぐらい入ってるわ。これあげるから、あたしの前から消えて
よ」
鶴見はぶすっとした表情のまま、雪絵と、その手の財布を見比べた。
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