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「いいかげんにしてよ」
その額田雪絵の言葉を無視して、鶴見はホームを歩き続けた。
いいかげんにしてほしいのは、鶴見のほうだった。こんなバカな娘の警護
など、どうしてこの俺がしなければならないのか。
「どこまでついて来るつもりなの?」
いきなり、雪絵が鶴見を振り返った。
その場に立ち止まり、鶴見は雪絵を見下ろした。
「お屋敷へ戻られるまでです」
「帰らないわよ。今日は」
鶴見を睨みつけながら雪絵が言う。
「では、ずっとお側におります」
おおかた、また男を呼び出して、夜通しバカ騒ぎをやるつもりなのだろう。
雪絵もバカなら、呼び出される男たちもバカばかりだ。
一昨日はカラオケだった。外に出てて、と言われ、鶴見はボックスの外で
待機した。3度目に部屋を覗くと、半裸になった雪絵が2人の男に挟まれて
踊っていた。
「ねえ、あなた、親父からいくらもらってるの?」
雪絵がいきなり訊いた。
「私の雇い主はお父様ではありません」
言うと、雪絵は、ああ、とうなずいた。
「お祖父ちゃんね。いくらもらってるのよ」
「お嬢さんにそれを申し上げることはできません」
「そのお嬢さんっての、やめてって言ってるでしょう!」
雪絵が声をあげ、鶴見はかすかに眉を動かした。
「では、どのようにお呼びしますか?」
雪絵の視線が一瞬、鶴見から離れた。ホームに入ってきた4人の男女が、
鶴見たちの脇を通り過ぎ、5メートルほど離れた場所で立ち止まった。
「あたしには名前があるんだから、せめて名前で呼んでくれたらどうなの?」
続けて雪絵が言う。
「雪絵様、とお呼びすればよろしいですか?」
「サマ? なによそれ。雪絵ちゃん、とか、雪ちゃんとか、なんだったら、
雪絵って呼び捨てにしてもいいわよ」
「そのようなことはできません」
なにが「雪ちゃん」だ。
泥まみれの、真っ黒になった雪だるまじゃないか、お前は。
「おかしいと思わない? あたしはもう25なのよ。子守が必要に見える?」
「子守ではありません。警護です」
「あたしにどんな危険があるって言うのよ」
ふと、視線のようなものを感じて、鶴見は自分の背後へ目をやった。
「…………」
女1人、男2人のグループが電車を待っている。その向こうに、妙な男が
こちらを見据えるようにして立っていた。
あの男……と、鶴見は眉根を寄せた。
たしか、2時間ほど前にも姿を見た覚えがある。ブティックで雪絵が買い
物をして、その店を出たとき、向かいの喫茶店の前からこちらを眺めていた
奴だ。
なんだ、あいつは……。
「ねえ」と、雪絵がバッグから財布を取り出した。「ここに20万ぐらい入
ってるわ。これあげるから、あたしの前から消えてよ」
バカにするのか、と鶴見は雪絵を見返した。
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