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24:10 日本橋駅-京橋 |
「宿題……じゃ、ないですよね」 まさかそんなわけないよな、と思いながら、八重樫は女の子が持っている紙切れを眺めた。 「あ、ああ……ええと、パズルなんです」 「パズル?」 見返すと、彼女はニコニコ笑いながらうなずいた。 「クイズというか、暗号の解読クイズ」 「あんごう……」 なんだ、それ? 八重樫は、首を傾げた。 ドアが閉まり、電車が動きはじめる。 女の子は、笑顔のまま手の紙切れを八重樫のほうへ差し出した。 「…………」 なんとなく、つられるようにして八重樫はその紙切れを受け取った。 「このレベル3っていうのが、難しくて」 A4の用紙にプリントアウトされたものだった。印字の間に、彼女が書き込んだのだろう、さまざまなメモが散らばっている。 クイズは3問あるようだった。その3問目が「レベル3」だった。
なんだって……? クイズだと聞いて想像したものとは、ずいぶん印象が違っていた。 その紙を持ち直し、じっくりともう一度問題を読んでみる。 これ、本格的な暗号なんじゃないか? 問題を読んだだけでは、解答が想像できない。クイズだとすれば、かなり難解なものだろう。 こんなものを……と、八重樫はさっき女の子が見せた笑顔を思い返しながら胸の中でつぶやいた。 こんなものを、この子が? つまり、この「第2グループ」の最初の数字「34」を2進数に変換したいと彼女は言っていたのだ。 なるほど「第1グループ」のそれぞれの平仮名は8文字ずつある。その8文字に、2進数に変換した「第2グループ」の数を対照させようということなのだろう。 「なるほど……面白いですね」 半ば感心しながら、八重樫は隣の女の子を見た。彼女の顔には、まだ笑いの余韻のようなものが残っている。 「あ、どうも」 気がついて、八重樫は問題の書かれた紙を女の子に返した。 彼女は、クスクスと笑いながらそれを受け取った。 「これに、2進数をあてはめてみようっていうわけだったんですね」 言うと、彼女がうなずいた。 「はい。それが当たりなのかどうか、まだわからないんですけど」 「いやいや」八重樫は首を振って彼女を眺めた。「すごいですね。頭が柔らかいんだなあ」 「……はあ?」 女の子は、まん丸い眼をさらに大きくして、八重樫を見つめ返す。 かなり頭のいい子なんだな、と八重樫は思った。 ニコニコとあどけない表情で笑っているし、見かけはそこらの女の子と変わらないが、なかなかどうして、恐れ入ったものだ。 「いや。この文字と数字の羅列から、2進数を引っぱり出してくるっていう発想って、なかなかできるもんじゃないでしょう」 正直な気持ちをそのまま言うと、彼女は「そうですか?」と言いながら、ひょいと首を傾げてみせた。その表情が、可愛らしかった。 「当たりだと思いますよ、ほら――」 言って八重樫は、問題の脇に書かれた彼女のメモを指さした。 「【やはねひなこんさ】に【00100010】を組み合わせて、ビットの立っているところを読むと【ねん】になる」 「ねん……」 オウムのように繰り返して、彼女はその自分のメモに目を落とした。 「ね?」 八重樫も、なんとなく楽しくなってきた。 茜へのメールに悩まされていた気持ちが、どことなく軽くなってきているのを、自分でも感じた。 「ご乗車ありがとうございます。銀座線渋谷行の電車です。まもなく京橋、京橋です。お出口右側に変わります」 アナウンスが言う。 もう、京橋か。 「当たりですよ」 言いながら、八重樫は、うん、とうなずいた。 |
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