![]() | 24:10 日本橋駅-京橋 |
オヤジ……寝てるかな。 まだ、起きてるだろうなあ。 ふと、ドアのほうを見て、小夜は眉を寄せた。 「…………」 やたらに暗い顔をした男が、乗車する様子もなくホームに立ち、ドアの向こう側から車内の床を見つめている。 なにあれ……。 ドアが閉まりかけたとき、男はようやくスルリと電車に乗り込んできた。 なんだか、いやな感じの男だった。とにかく、ひたすら暗い。地面に貼りついているはずの影が、そのままもっくりと起き出してきたような、不気味なものを感じさせる。 男は、ゆっくりと小夜の前を通り過ぎ、そして小夜の座っているシートの向こう端に腰を下ろした。 「…………」 不意に、男がこちらを向き、小夜は慌てて目を前に戻した。 一瞬だが、男と視線が合った。 ぞっとするような、まるで死人に見つめられたような気持ちがした。 ああいう人種とだけは、関わり合いにはなりたくない。 あれだったら、蒲原信二のほうがまだましだ。 「…………」 なに考えてるんだろ、あたし。 あのバカのほうがまし? 冗談じゃないわよ。絶対に、お断りよ。きまってるじゃないの。 つい、蒲原のことを考えてしまった自分に、小夜はまた腹が立った。 再び腕時計を眺め、そして、溜息をついた。 どこかに部屋を借りて、一人暮らししたいな。 もう、れっきとした大人なんだから、許すの許されないのという問題じゃないはずだけど。でも、部屋を借りるとなると、お金がなー。 親のすねかじってるんだもんなぁ。 立場、弱いよなー。 そう言えば、知美、前そんなこと言ってなかったっけ。 一人暮らしのアパート借りたいとか何とか。バイトすれば、部屋代ぐらいはどうにか作れるんじゃないかなんて言ってた。 知美が一人暮らし? それ、ひょっとして、一人暮らしじゃなくて、あの男と一緒に住む部屋ってことなんじゃないの? げえっ。 あの子、そんなこと考えてるの? それって、人生の破滅を意味してない? あんなバカと一緒に暮らしたいわけ? やめなさいよぉ。やめたほうがいいよ、絶対。後悔する。きっと、きっと、後悔する。 想像してみなさいよ。 朝起きたら、あいつが横で寝てるんだよ。 わぁっ……。 小夜は、ゾクリとして、肩をすぼませた。 口を薄く開けて眠っている蒲原信二の顔が見えたような気がしたからだ。 そういうのに、知美って耐えられるんだろうか……。 それとも、いくらバカでも、あいつのそばにいたいの? あんな、無神経で、傲慢で、横柄で、見ているだけで気持ち悪くなってくるような、バカでも? 信じられない。 そういうの、相当のマゾなんじゃないの? 普通の神経じゃないよね。絶望的に悪化してるよね。手術が必要ですよ。 考えれば考えるほど、憤慨してきた。 ああ、いやだいやだ……と、小夜は首を振った。 「ご乗車、ありがとうございます。銀座線渋谷行の電車です。まもなく京橋、京橋です。お出口右側に変わります」 アナウンスが告げて、小夜は自分自身に苦笑した。 なんだか、どうかしてる。 人のことなんだから、ほっておけばいいでしょ。 そんなに、あなたが怒ることないじゃないの。 バカだな、あたしも。 |
![]() | やたらに 暗い顔を した男 |