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 24:11 銀座駅
 尾形将仁
(おがた まさひと)


     階段を下りると、尾形は自分の興奮を抑えながらホームを見渡した。
 呼吸を整える。相変わらず、心臓はバクバクいっているし、掌も汗ばんでいる。
 落ち着け。

 もちろん、こういう経験は尾形にとって初めてだった。
 しかし、初めてだということを、この女には知られたくない。初めてだとバレたら、足元を見られてしまうかもしれない。
 落ち着いて、余裕があるように振る舞わなければ──。

 えーと、と言いかけた声が、喉のどこかに引っかかって裏返ったようになった。あわてて尾形は咳払いをしてごまかした。
「はい?」
 女が、尾形を振り仰いだ。
 小柄な女だった。やや歳はいっているようだが、30前後というところだろう。決して美人ではないが、好みの顔だった。特に、口元がいい。
 この口が……と、想像して、尾形はつい唾を飲み込んだ。

「なにか?」
「いや……あなたのことは、なんて呼べばいいですか?」
 訊くと、女は一瞬戸惑ったような眼をホームの向こうへ投げた。
「名前が必要?」
 いや、と尾形は首を振った。
「もちろん、本名じゃなくていいですよ。でも、呼ぶときに名前があったほうがいいから」
 ああ、と女がうなずいた。

「カオルと呼んでください」

 カオル……さん、か。
 見つめてくる彼女の目にドギマギした。こちらの言葉を待っているような視線。
 あ、そうか……と、それで尾形は気がついた。名乗らせた以上、こちらだって名乗るべきなのだ。
「僕のことは、関根と呼んでください」

 同僚の名前を出したことが、やや後ろめたくもあったが、どうせ「カオル」だって偽名なのだ。

「わかりました」
 カオルが、ゆっくりとうなずいた。

 さて、どのように訊けばいいのだろうか?
 一番、肝心なことを訊いておかなければならない。相場、というのがあるはずだが、それを尾形は知らなかった。知らないで彼女とベッドに入り、そのあとでびっくりするような値段を言われても困る。

「その……支払いは、どのように?」
 訊くと、カオルは媚びるような目を向けてきた。
「シナモノがいいかどうか、それをまず確かめて。それからで……」
 思わず、尾形は唾を飲み込んだ。

 シナモノ……カオルの胸元に目が言った。
 悪いわけがない。
 シナモノを確かめてから……。

「けっこうです」


 
    小柄な女

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