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 24:11 銀座駅
 兼平てるみ
(かねひら てるみ)


     やっぱ、ことみと一緒じゃ、いつまでたっても芽が出ないかもしれないよなあ。

 ホームを端のほうまで歩いてきて、いい加減なところでてるみは足を止めた。ことみを振り返ると、あいかわらずの間の抜けたような表情で、大きな溜息をついてみせる。
 やっぱ、銀座じゃだめだった。歩いている人種が片寄りすぎていて、面白みがない。くたびれた。

「どうすんの?」
 ことみが気のない言い方で訊いた。
「こういう日もあるさ」
「ずっと〈こういう日〉じゃん。おとといも、その前も」

 ずっとってなによ。3日目じゃないのさ。たった3回で、あきらめちゃうんじゃ、この先やってけないよ。
 甘いんだよなあ、ことみは、考え方が。マニュアル人間っていうの? なんでもかんでも教えてもらえると思ってんだ。マニュアルが好きだっていうなら、読んでみればいいじゃん。なんかに書いてあった。芸は教わるんじゃない、盗むもんだって。

「お腹空かない?」
 ことみが言って、反射的に手がお腹を押さえた。
「空いた」
「どっかで、なんか食う?」
「また、ラーメン?」
「カネないじゃん」
「きまってんなら、最初から、ラーメン食う? って言いなよ」
「嫌い? ラーメン」
「好き」
「じゃ、文句言うなよ」

 あたまにくる言い方してくれんじゃない。
 全部、あたしのせいなわけ? 歩き回らせちゃって、悪かったわね。歩き回って、お腹が空いちゃったわけ。あたしが、必死でネタさがしてる間、このことみはラーメンのことなんか考えてたわけよ。疲れちゃったってことと、ラーメン食べたいってことと。
 なんで、こんなヤツとやんなきゃいけないの? これ、なにかの陰謀? あたしとことみ……なんにも共通点がないじゃないさ。

「ねえ」
 ことみが言って、てるみは、なによ、と彼女を見返した。
「あのさ、思いっきり取っ組み合いするって、どうかな?」
「取っ組み合い?」
 うん、とことみがうなずいた。
「なんの話?」
「だから、ネタ」
「…………」

 てるみは、ことみを眺めた。

「ネタ?」
「そう。掛け合いで舞台作るっていうよりも、舞台で身体使って取っ組み合いの喧嘩するの」
「それ……なによ」
「だから、ネタだって。ねえ、見たことある? そういうの」
「取っ組み合いの喧嘩してる舞台?」
「そう。投げ飛ばしたり、髪の毛つかんで引きずり回したり、跳び蹴り入れたり」
「…………」

 ふむ……と、てるみは視線をホームの向こうへ投げた。
「ええと、女子プロみたいに?」
「そうそう」
「思いっきり、小屋中に響き渡るような音立ててひっぱたいたり?」
「そう。最後、2人とも、アザだらけになって、並んで、ありがとうございましたーって、おじぎしておしまい」

 ふむ、と、またてるみは視線をホームに泳がせた。
 ね、と言うようにことみが顔を近づけてきた。


 
    ことみ 

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