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 24:11 新橋駅
 P13AX
(ぴーさーてぃーんえいえっくす)


     点滅の間隔は3秒である。つまり、1秒点灯、そして3秒間消灯、の繰り返しということだ。
 むろん、赤ランプの点滅は警報を意味している。しかし、1秒点灯3秒消灯の場合は、非常に軽微な障害が発生しているという程度にすぎない。

 P13AXのユーザーズマニュアルを開くと、この赤ランプの点滅は〈賞味期限を1日過ぎた食パン程度の警告〉と書かれている。つまり、まったく気にする問題ではないわけで、どうしても気になる人はトーストにすればいいだけのことなのだ。

《ねえ、暑いわねえ、この部屋。窓ぐらい開けたら?》

 意味不明のエラーメッセージが、またスクリーンに表示された。

《焚刑とは、人間を柱または杭に縛りつけ、衆人環視の中において焼き殺す刑罰をいう。火刑、火あぶり、火罪ともいう。古くヨーロッパでは、この焚刑に2種類が存在した。一つは、絞首刑にした後、見せしめのために死体を焼くというもので、もう一つは、生きたまま焼かれるというものである》

 このエラーメッセージの直後、プラットホームにアナウンスが流れた。P13AXのセンサーは、確実にその音声を捉えていた。

「2番線に電車が参ります。参ります電車、浅草行の最終電車です。お乗り間違えのないよう、ご注意ください。2番線、まもなく電車が参ります。危ないですから、黄色い線まで下がってお待ちください」

 P13AXの高性能コンピュータは、瞬時にアナウンスを解析し、それによる状況判断を行なう。

《黄色──およそ570~575nmの波長を持つ可視光線によって引き起こされる視覚刺激》

《キイロナメクジは、正式にはコウラナメクジという。Limaxflavus(英名 yellow slug)。体長10cmくらいで細長く、体色は淡黄色より灰黒色まであり、黒褐色斑を散らし、頭部背上に笠形の外套膜がのり、その中に小さく薄い平らな退化した殻がある。明治の初めころ、横浜に侵入し、その後全国の都市町村に広がり分布しているが、山林には住まない》

《『黄色い部屋』はガストン・ルルー(1868‐1927)が1907年に書いたミステリーで、密室殺人の古典的傑作と呼ばれているんだけど、やっぱり90年以上も前に書かれたものって、どうもテンポが今ひとつって感じだよね。ま、あたりまえのことなんだけどさ》

《黄色い声ってあるじゃん。でも、赤い声、とか、青い声、とかって言わないよねー。なんで? 声に色なんてあると思う? へんだよねー。ぜーったい、へんだよお》

 やや状況の判断処理に冗漫な部分もあるようだが、この程度であれば誤差範囲と見なしてよいだろう。

 ホームに電車が到着した。
 P13AXは、電車の到着と同時にターゲットの位置が微妙に変化しはじめたことを、的確に捕捉していた。この事実からも、マシンに表示され続けている警告が軽微なものであることは了解される。

 ホームにチャイムが鳴り響き、電車のドアが開く。

「新橋、新橋でございます。浅草行最終電車です。2番線、浅草行の最終電車でございます」

 ドアから次々に乗客が降りてくる。
 しかし、P13AXのセンサーはその乗客たちの情報はすべてキャンセルし、ターゲットだけを確実に捕捉し続けていた。

 ターゲット移動。
 追尾開始。

 P13AXの優秀性は、ここでも立証された。
 ターゲットの動きを追いながら、P13AXは手前のドアから電車に乗り込んだのである。これが、旧AG機であったとしたら、ターゲットが乗り込んだドアまで移動し、そこから乗車するという動きになったことだろう。もちろん、それではターゲットに警戒心を起こさせてしまう危険性が高くなるのだ。

 P13AXは、車両内へ移動すると通路の中央に立って、ターゲットの確認を行なった。

 ターゲット捕捉。パターン照合開始。照合終了。
 ターゲット確認。

 ホームでチャイムが鳴り響き、ドアが閉まる。
 電車が走行を開始したとき、慣性の法則によりP13AXは前方への強いGを受けた。その結果、P13AXは立った姿勢のまま、前に転倒した。
 データ不足による転倒は、P13AXのボディに少なからぬ衝撃を与えた。

 むろん、瞬時の行動処理が働き、P13AXは再び車両の床から立ち上がった。
 そして、学習能力に優れたP13AXが転倒することは二度と起こらないのだ。バランスを取りながら、起立姿勢を維持することが可能なのである。
 ただ、このときの衝撃が、マシン内部の回路に若干の変調を起こさせていたことも事実だった。

《作業員は、すみやかに構内から待避してください。炉心より半径200メートル以内には立ち入らないでください。すべての作業をやめ、ただちに待避してください》

 スクリーンの赤ランプ点滅が、1秒点灯2秒消灯に変化していた。


 
    ターゲット

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