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 24:12 銀座駅
 郡山ことみ
(こおりやま ことみ)


    「普通だとさ」と、ことみはちょっとばかり元気になって続ける。「女の子が身体張って舞台を作るっていうと、きわどい衣装だとか、ちょっとエッチっぽいネタとかさ、そんな感じでやるわけじゃない?」
「まあ、そうだね」と、てるみはことみの胸のあたりに目をやった。そして、つけ加えた。「そうしたくてもできない人もいるけどね」

「人のこと言えたボディじゃないでしょ」
 言いながら、ことみはてるみの胸を見返した。
「言えてる」
「もちろん、悪いわけじゃないよ。どんな売り出し方だって、悪くないとは思うけど。でも、そういうのって、自分たちには芸はありませんって言ってるのと同じだと思うんだよね。それだけじゃ、すぐに消えちゃうと思うしさ。長続きしないんじゃどうしようもない」
 ふむ……と、てるみは、宙に視線を投げた。

 悪いわけじゃない、とは言ったが、たとえ自分が超ナイスボディの持ち主だったとしても、そんな売り出し方はしたくなかった。それじゃ悲しいと思う。
 なにより、歳を食ってからが惨めだろう。美貌なんて、どんなに保ち続けようとしたって、じきに衰えてしまうのだ。

「あのさ」
 てるみが、ふんふんと頷くような動作を繰り返しながら言った。
「なに?」
「とっくみあいの喧嘩見せるのと、おっぱいの谷間見せて売り出すのと、どう違う?」
「…………」

 言われた意味を解しかねて、ことみはてるみを見返した。

「ことみはさ、舞台で殴り合いをやって、それを見せれば、すぐには消えないと思う?」
「……えっと」
 言葉に詰まった。
「芸がないってことでは、あんまし変わらないような気がするな。最初は面白がってもらえるかもしんない。だけど、ひっぱたいたり、蹴り入れられたりって、胸見せたり、お尻振ったりするのとそんなに違わないでしょ」
「…………」

 違わない……のかな?
 と、ことみは考えた。
「だって、色気で勝負するんだったら、そのまんまでいいかもしれないけど、殴り合いするには体力も鍛えなきゃならないわけだし──」

 いやいや、と言うようにてるみが首を振った。
「色気だって鍛えなきゃなんないよ。売り物にするんだったら、色気を保つために、懸命に努力しなきゃなんないさ。そういうことじゃ同じだよ」
「……そうか。それもそうか」

 ふう、と溜め息をついたとき、ホームにアナウンスが流れはじめた。
「まもなく電車が参ります。1番線と2番線に電車が参ります。黄色い線の内側に下がってお待ち下さい。1番線は赤坂見附、表参道方面、渋谷行。2番線は、神田、上野方面、浅草行の最終電車です。浅草行は、最終電車です。お乗り間違えのないよう、ご注意下さい。1番線と2番線に電車が参ります」

 ポンポン、と肩を叩かれて、ことみはてるみに目を返した。

「でも、面白いよ」
「え?」
 眼を瞬くと、てるみが、うん、と頷く。
「面白いって?」
「ことみのアイデア。身体使って勝負するって」
「だって、芸がないってのは同じだからって……」
「そう。だから、それを芸に磨けばいいわけよ」
「…………」
 見つめていることみに、てるみが、ニヤッと笑ってみせた。

「たとえばさ、ことみがあたしを殴るとするじゃない?」
「……うん」
「それを、あたしが避けたらどう?」
「避ける?」
 うん、とてるみは頷く。
「次にあたしがことみに蹴りを入れるんだけど、それをことみは、さっと避けるわけ」
「……なに、それ」

 ニヤニヤ笑っているてるみを眺めた。
 避ける? なに、それ?

「避けるのもさ」と、さらにてるみが続ける。「ギリッギリで避けるのよ。髪の毛一本の差って感じで」
「…………」
「たとえばよ? すごいスピードで殴り合いとかするんだけど、実際は一発もあたってないの。殴って殴られて、蹴って蹴られて。全部、ギリギリで避ける。アザができるとか、痛がってる顔で笑わせるとか、そういうんじゃなくて、動きの面白さを作るんだよ。その動きを見せる」
「ああ……」

 ようやく、ことみにも、てるみが言おうとしていることが呑み込めた。
 うん、と頷いた。

「殺陣をやるってことね」
「タテ?」
「ほら、チャンバラの殺陣師っているじゃん」
「ああ」とてるみが笑った。「そうそう。それよ、計算された殴り合いを見せるわけ」

 近づいてきた電車のヘッドライトが、てるみの顔の輪郭を浮かび上がらせる。

 すごいかも……しれない。
 と、ことみは思った。
 それって、まるで香港映画みたいじゃない。ジャッキー・チェンの華麗なアクションみたいなのが舞台で演じられたら──。

「すごい練習しないと、できないね」
 言うと、てるみが頷いた。
「アザだらけになるのは、たぶん練習のときだと思うよ」
「うん……そうだね。そうだね」

 その通りだ。てるみの言う通りだ。
 アザは、お客さんに見せるんじゃない。完璧なアクションを作るために、アザをいっぱい作るのだ。それが、ほんとの身体を張るってことかもしれない。

「乗ろうよ」
 てるみに言われて、ことみは顔を上げた。
 停車した電車のドアが、ぽっかりと口を開けていた。


 
    てるみ 

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