あきらかに、加奈子の警戒が見て取れた。 家を出てからほとんど口をきかない。こうしてホームに並んで立ってい ても、矢萩とは距離を置いている。 「次のに乗れば、11分の上野発に間に合うと思うよ」 矢萩は腕時計とホームの時計を見比べながら言った。 加奈子は線路を挟んだ向い側のホームに目をやったまま黙っていた。 「乗れば、北千住までは10分ぐらいだから。駅から少し歩くけど……い や、車を拾ってもいい。車なら5分ぐらいしかかからない。半には着ける な。12時半ぐらいには着くよ」 いきなり、加奈子が矢萩に向き直った。 「もう一度聞くけど。嘘じゃないわね」 矢萩は、うなずいた。 「こんなことで嘘をついてどうする」 「でも、どうして、あの人が……あたし、わけ、わからないわ」 「オレだって同じだよ。ひどい話だ」 「図々しいのね、あなたの奥さん」 矢萩は加奈子を見返した。 「図々しい?」 「そうじゃないの。人の亭主をひっぱり込んで」 「どっちもどっちだ。カミサンもカミサンだが、あんたの亭主も亭主だよ」 「どういう夫婦なの? あなたたちって」 矢萩は肩をすくめた。 よく言うよ、この女。 「こっちも訊きたいね。あんたと旦那は、どういう夫婦なんだ?」 「普通の夫婦よ。浮気なんてする亭主じゃなかった」 「知らぬは女房ばかりなりってか?」 「ふざけないでよ!」 加奈子が矢萩をにらみつけた。 「奥さんが誘惑したからじゃないの。勤勉実直を絵に描いたような人なん だよ、うちの人は。そんな男をたぶらかして」 「おい、まてよ。オレは、あんたの旦那にカミサンを寝取られたんだぜ」 「だから、寝取られたのはこっちだって言ってんのよ」 このやろう……と、矢萩はポケットの中で手をにぎりしめた。 この女、押し倒してやる。 そうでもしなきゃ、おさまりがつかない。 トウは立ってるが、見方を変えれば、色っぽいところもある。うちのや つより肌も白いし、つかみ心地もよさそうだ。 よし、絶対にやってやる。 なに、こいつだって、憂さ晴らしがしたくなるに決まってるんだ。 |
![]() | 庄司加奈子 |