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   23:56 田原町駅 庄司加奈子


              目算がくるっちまった。
 加奈子は、向い側のホームに目をやりながら必死で考えていた。
 どこか後ろめたさもあるのだろう、矢萩は必死で話し掛けてくる。
 
「次のに乗れば、11分の上野発に間に合うと思うよ。乗れば、北千住ま
では10分ぐらいだから。駅から少し歩くけど……いや、車を拾ってもい
い。車なら5分ぐらいしかかからない。半には着けるな。12時半ぐらい
には着くよ」
 
 この根性なしめ、と加奈子は心の中で矢萩を毒づいた。
 あたしを北千住に連れていくなんて、どうしてそんなこと考えるのよ。
 ええい、と加奈子はお腹に力をいれた。矢萩を振り返る。
 
「もう一度聞くけど。嘘じゃないわね」
「こんなことで嘘をついてどうする」
 
 嘘じゃないぐらい知ってるよ。
 あたしがわからないのは、あんた自身なんだ。
 
「でも、どうして、あの人が……あたし、わけ、わからないわ」
「オレだって同じだよ。ひどい話だ」
「図々しいのね、あなたの奥さん」
「図々しい?」
「そうじゃないの。人の亭主をひっぱり込んで」
「どっちもどっちだ。カミサンもカミサンだが、あんたの亭主も亭主だよ」
「どういう夫婦なの? あなたたちって」
「こっちも訊きたいね。あんたと旦那は、どういう夫婦なんだ?」
「普通の夫婦よ。浮気なんてする亭主じゃなかった」
「知らぬは女房ばかりなりってか?」
「ふざけないでよ! 奥さんが誘惑したからじゃないの。勤勉実直を絵に
描いたような人なんだよ、うちの人は。そんな男をたぶらかして」
「おい、まてよ。オレは、あんたの旦那にカミサンを寝取られたんだぜ」
「だから、寝取られたのはこっちだって言ってんのよ」
 
 あのね、と加奈子は矢萩を怒鳴りつけたかった。
 女房を寝取られたんだろ? だったら、寝取った男を殺したらどうなの
! そのはずだったじゃないか。
 瑞枝さんは、うちの人はカッとくるタチだからって言ってたじゃないか。
 傷害で警察に2度捕まったんだって。
 その上すごいやきもち焼きだから、私が浮気したら絶対に相手の男を殺
すわねって。
 
 どうして、うちの亭主を殺さないで、あたしを北千住に連れていくのさ。
浮気の現場をあたしに見せてどうしようってのよ?

 
    矢萩浩幸

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