目算がくるっちまった。 加奈子は、向い側のホームに目をやりながら必死で考えていた。 どこか後ろめたさもあるのだろう、矢萩は必死で話し掛けてくる。 「次のに乗れば、11分の上野発に間に合うと思うよ。乗れば、北千住ま では10分ぐらいだから。駅から少し歩くけど……いや、車を拾ってもい い。車なら5分ぐらいしかかからない。半には着けるな。12時半ぐらい には着くよ」 この根性なしめ、と加奈子は心の中で矢萩を毒づいた。 あたしを北千住に連れていくなんて、どうしてそんなこと考えるのよ。 ええい、と加奈子はお腹に力をいれた。矢萩を振り返る。 「もう一度聞くけど。嘘じゃないわね」 「こんなことで嘘をついてどうする」 嘘じゃないぐらい知ってるよ。 あたしがわからないのは、あんた自身なんだ。 「でも、どうして、あの人が……あたし、わけ、わからないわ」 「オレだって同じだよ。ひどい話だ」 「図々しいのね、あなたの奥さん」 「図々しい?」 「そうじゃないの。人の亭主をひっぱり込んで」 「どっちもどっちだ。カミサンもカミサンだが、あんたの亭主も亭主だよ」 「どういう夫婦なの? あなたたちって」 「こっちも訊きたいね。あんたと旦那は、どういう夫婦なんだ?」 「普通の夫婦よ。浮気なんてする亭主じゃなかった」 「知らぬは女房ばかりなりってか?」 「ふざけないでよ! 奥さんが誘惑したからじゃないの。勤勉実直を絵に 描いたような人なんだよ、うちの人は。そんな男をたぶらかして」 「おい、まてよ。オレは、あんたの旦那にカミサンを寝取られたんだぜ」 「だから、寝取られたのはこっちだって言ってんのよ」 あのね、と加奈子は矢萩を怒鳴りつけたかった。 女房を寝取られたんだろ? だったら、寝取った男を殺したらどうなの ! そのはずだったじゃないか。 瑞枝さんは、うちの人はカッとくるタチだからって言ってたじゃないか。 傷害で警察に2度捕まったんだって。 その上すごいやきもち焼きだから、私が浮気したら絶対に相手の男を殺 すわねって。 どうして、うちの亭主を殺さないで、あたしを北千住に連れていくのさ。 浮気の現場をあたしに見せてどうしようってのよ? |
![]() | 矢萩浩幸 |