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   23:56 銀座駅 狩野亜希子


              電車の到着を待っている客たちの一人一人に、亜希子はそれとなく視線
をとめていった。
 
 女性客もいるが、圧倒的に男が多い。もう零時が近いのだ。男たちのほ
とんどは勤め人風で、その誰もが同じように見える。個性を剥奪されてし
まった男たち……。
 いや、剥奪されたのではないのかもしれない。彼らは、自らの個性をど
こか深いところにしまい込み、そうすることによって生き延びるすべを得
ているのかもしれなかった。
 
「おねえさん」
 
 いきなり後ろから声をかけられて、亜希子はぎくりとして振り返った。
「どこまで帰るの?」
 中年男が、ニコニコと亜希子を眺めていた。酔っている。
「送っていってあげましょうか? おねえさん」
 
「いえ、けっこうです」
 と、亜希子は首を振り、その男の脇をすり抜けようとした。
「ま、ま、ま」
 と男が前に立ちふさがる。
「遠慮はいりませんって。女の子が一人じゃ危ないのよ」
 
 おまえこそ危ないんだよ、そう思いながら、亜希子は相手をにらみつけ
た。
「おお、こわ。ね、ぼくとどっか、遊びにいかない? ご馳走ぐらいして
あげられるからさ」
「けっこうです。そこをどいてください」
 
 手帳を提示すれば、いっぺんで男は退散するだろうが、いまの状況では
それができない。もし、手帳を出したところを犯人に見られたら、それで
終わりだ。そんなことでミスはしたくない。
 
 ふと、男の肩越しにハンチングをかぶった若い男が見えた。
 あの男……さっきからウロウロしている。
 二十代前半に見えた。茶のジャンパーを着込み、細長い布製のケースを
肩にかけている。足元へ目をやると、編上げの登山シューズのような丈夫
そうな靴を履いていた。
 
「寿司でもつままない? まだやっている店を知ってるからさ」
「うるさいね。どきなって言ってるだろ」
 
 低い声で言うと、中年男は目を見開いた。
「な、なんだ……」
 たじろいでいる酔っぱらいの脇をすり抜け、亜希子はハンチングの若者
のほうへ歩いた。
 
 どうも、妙だ。
 この男、なにか臭う。
 
 そのとき、売店の向こうから竹内が近づいてくるのに気づいた。
 亜希子は、竹内にゆっくりとうなずいて見せた。

 
    竹内重良

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