「間に合いましたね」 言って、三宅は千佳子の顔を見た。 ほんとに素敵な人だ、と三宅はまた思った。そう思うのは、今日一日で、 何度目だろう。 「ほんとに、わざわざ送ってくださらなくてもいいのに」 慌てて、三宅は首を振った。 「こんな時間に一人で帰せませんよ。すっかりお世話になっちゃったんで すから」 「お世話だなんて……だって、ちゃんとアルバイト料もいただいたんです よ」 そうなんだ……と、三宅は自分に言い聞かせた。 この千佳子にとって、今日はアルバイトだったのだ。 僕にみせてくれた優しい笑顔も、気配りの行き届いた言葉も、なにもか も、彼女にとってはバイト料のための演技だったのだ。 甘えちゃいけない。図々しすぎる。 「それとこれは別ですよ。少なくとも、今日一日は、僕たち恋人だったん ですから、ちゃんと送り届けるぐらいのことはしなきゃ」 「最終ですよ。送っていただいても、帰りはどうなさるんですか?」 「そんなのは、どうにでもなります。車を拾えばいいし」 「世田谷でしょう? タクシーなんて、すごく高いわ。ここからなら、半 蔵門線で一本なんじゃありません?」 ふと、不安になった。 下心があるように思われたのではないか? いや……どうなんだ、ほんとのところは? 三宅は自分の気持ちに訊ねてみた。 ほんとに、下心なんかないと、はっきり言えるのか? 「お送りするの……ご迷惑ですか?」 千佳子の返事を恐れながら、しかし、頼むような気持ちで三宅は訊いた。 「迷惑だなんて……そんなことないですけど、申し訳ないような気がして」 「じゃあ、送らせてください。帰りの心配はご無用ですから」 思わず笑いが口元をゆるませた。 どうやら、嫌われてはいない。 警戒されてもいないようだ。 もちろん、それで図に乗っちゃいけないけれど。 「すみません」 千佳子が小さく頭を下げた。 「ほんとうに、今日は楽しかったですよ。千佳子さんに……あ、ごめんな さい。癖になっちゃった。駒形さんに来ていただいて、とっても助かりま した」 「千佳子でいいですよ。そんな急にあらたまらなくても」 ふふ、と笑いながら千佳子が言った。 でも、そう呼べるのも今日だけだ。 忘れちゃいけない。千佳子は、今日一日、アルバイトで僕の恋人役を引 き受けてくれただけなのだから。 |
![]() | 駒形千佳子 |