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「ちょっと訊いてもいいですか?」
と、千佳子に言われて、三宅は彼女を見返した。
「いけないかな、こんなこと訊くの」
三宅は、笑いながら千佳子に首を振った。
「なんですか?」
「失礼かもしれない」
「そんなに気を遣わないでください。なんでも訊いていいですよ」
千佳子は、ちょっとイタズラっぽい目つきになって三宅を見上げた。
「あのね、どうして三宅さん、彼女、いないんですか?」
「ああ……そうか」
千佳子が、慌てたように首を振った。
「ごめんなさい。よけいなことですよね」
「いや、そう思いますよね。こんな、へんなことお願いしたりして」
「ごめんなさい。バカみたいなこと訊いちゃった」
「そんな。謝らないでください。単純な理由ですよ。情けないぐらい、単
純な理由。もてないからです」
「うそお」
千佳子が、笑った。
きれいな笑顔だな、と三宅は、また思った。こんなにきれいな笑顔は見
たことがない。こちらまで、つい微笑ませてしまうような、やさしい笑い。
そう思うと同時に、三宅は、どこかで後悔のようなものを感じていた。
どうして、この人に恋人役のアルバイトなんて頼んでしまったのだろう。
千佳子にしてみれば、僕は、その程度の男なのだ。オフクロに見せるため
に、いもしない恋人をアルバイトで調達する。
そんな男、どう見える?
ろくなヤツじゃない。まるで中身のない、薄っぺらな男。
千佳子は、僕をそう見ている。いや、実際、そんな男なんだから。
「そんなの、嘘ですよ」と、千佳子が重ねて言った。「違うでしょ? ほ
んとの彼女を、お母さんに会わせたくなかったからとか、そういうんじゃ
ないんですか?」
「え?」
三宅は、千佳子を見返した。
「そんなこと……違いますよ。彼女なんて、どこにもいませんよ。僕のオ
フクロってのは、会ってもらってわかったでしょうけど、ちょっと変わっ
てるんですよ。二十歳をすぎて恋人もいない男なんて、落伍者だと決めて
いるんです。まあ……そういうところもあるかもしれないけど。とにかく、
電話かけてくるたびに恋人はできたか、好きな人はいるのか。もう、うる
さいんですから。田舎に帰っても、そればっかり。だから、面倒になって、
彼女ができたと言ってしまったんですよ。ただ、それだけです。言ったら、
会いに来るって言うでしょう? 突然なんだから。嘘だなんて言ったら、
またいろいろ言われるだろうし、それで、もう、誰でもいいから会わせち
ゃえって――」
「ふうん」
言ってしまって、三宅は唇を噛んだ。
ばかやろう。なんで、誰でもいいから、なんて言うんだよ。この、バカ
野郎。
ふと、千佳子の視線が気になって、三宅は、彼女の見ている方向に目を
やった。
スーツを着た女性が、少し先のベンチに腰を下ろすのが見えた。
「知ってる人ですか?」
訊くと、千佳子は、小さく首を振った。
「なんだか、あの人、泣いてるみたいに見えたから……」
「泣いてる?」
女性を、もう一度見返すと、千佳子は三宅を見上げ、舌を出した。
「ごめんなさい」
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