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千佳子は、思い切って口を開いた。
「ちょっと訊いてもいいですか……いけないかな、こんなこと訊くの」
三宅が、うなずきながら千佳子に目を返してきた。
「なんですか?」
「失礼かもしれない」
「そんなに気を遣わないでください。なんでも訊いていいですよ」
微笑みながら言う三宅の眼を、千佳子は覗き込んだ。
「あのね、どうして三宅さん、彼女、いないんですか?」
「ああ……そうか」
三宅の眼が、戸惑ったように揺れた。
いけない……と、その三宅の表情を見て、千佳子は自分をひっぱたきた
くなった。また、こんなバカなこと言って。
千佳子は、必死で首を振った。
「ごめんなさい。よけいなことですよね」
ああ、ほんとに、あたしってバカだ。
「いや、そう思いますよね。こんな、へんなことお願いしたりして」
「ごめんなさい。バカみたいなこと訊いちゃった」
「そんな。謝らないでください。単純な理由ですよ。情けないぐらい、単
純な理由。もてないからです」
「うそお」思わず笑いが顔に出た。「そんなの、嘘ですよ。違うでしょ?
ほんとの彼女を、お母さんに会わせたくなかったからとか、そういうん
じゃないんですか?」
「え?」
「…………」
もう、だめだ。
どうしようもない、ドジ。
千佳子は情けなくなった。
なんでそんなこと言う必要があるの? ほんと、バカみたいじゃない。
バカよ、あんた、バカ。
もう少し、考えてからものが言えないの? 口、閉じてなさい。
「そんなこと……違いますよ」
と、三宅が苦笑しながら言った。
「彼女なんて、どこにもいませんよ。僕のオフクロってのは、会ってもら
ってわかったでしょうけど、ちょっと変わってるんですよ。二十歳をすぎ
て恋人もいない男なんて、落伍者だと決めているんです。まあ……そうい
うところもあるかもしれないけど」
そんなことないです、と言いかけた自分の口を、千佳子はむりやり閉じ
させた。
小さく首を振るだけにした。
そのとき、ホームの向こうを歩いてくる女性が千佳子の目にとまった。
どこか、重い雰囲気を持った女性だった。片手に、ぎゅっとハンカチを
握りしめている。そのハンカチで、彼女は自分の鼻を押さえた。
「とにかく」と、三宅が続けた。「電話かけてくるたびに恋人はできたか、
好きな人はいるのか。もう、うるさいんですから。田舎に帰っても、それ
ばっかり。だから、面倒になって、彼女ができたと言ってしまったんです
よ。ただ、それだけです。言ったら、会いに来るって言うでしょう? 突
然なんだから。嘘だなんて言ったら、またいろいろ言われるだろうし、そ
れで、もう、誰でもいいから会わせちゃえって――」
「ふうん」
三宅の話を聞いていないわけではなかったが、千佳子は向こうの女性が
気になって仕方がなかった。
彼女は、肩から小さなバッグを下ろしながら、ベンチに腰を下ろした。
「知ってる人ですか?」
千佳子が、女性を見ているのに気づいて、三宅が訊いた。千佳子は首を
振った。
「なんだか、あの人、泣いてるみたいに見えたから……」
「泣いてる?」
あ、と千佳子は我に返った。
思わず、三宅を見返して舌を出していた。
「ごめんなさい」
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