刑事さんって、怖い人ばっかりかと思ってたけど、優しい人もいるんだな。
芽衣は、そう思いながら、そっと隣の沖崎を盗み見た。
沖崎は、難しい顔をして前を向いていた。
クスッ、と芽衣は笑った。
ちょっと、照れてんだ。かっわいい。
まあちゃんも、そういうとこあるもん。ちゃんとわかってるんだ。
一昨日、いきなりカズくんを連れてきたときは、びっくりしたけどさ。
「いい子だろう? お前、子供好きだよな」だって。
まじめな顔して言うんだもの。
お父さんとお母さんが旅行に行ってる間だけ、カズくん、預かってあげる約束したんだなんて。
あたしにだって、ちゃんとわかるよ、そのぐらい。ほんとは、まあちゃん、子供ほしいんだよね。でも、あたしに、オレの子供産んでくれ、なんて言えないんだ。だから、カズくん連れてきて、面倒見てやってくれ、なんて。
昨日なんか、仕事終わって帰ったら、まあちゃん、カズくんと並んで寝てたもの。二人とも、かっわいいの。
カズくんも一緒に連れて、ハワイ、行ったら楽しいだろうなあ。そういうの、いいな。
でも、まあちゃんがちゃんとした仕事に就くまでは無理だもんね。あたし、一所懸命働いて、お金稼いでもだめかなあ。だって、あたし、働くの好きだもん。イヤなお客さんのときもあるけど、仕事なんて、そういうとこあるもんね。どんな仕事だって、いいことばっかりじゃない。
あたしが働いて、まあちゃんが子供見てくれて――そういうの、いいなあ。
でも、男の人って、やっぱり奥さんに稼いでもらうのってイヤなのかなあ。
芽衣は、隣の沖崎を見た。
沖崎は、相変わらず難しい顔をしていた。
チョンチョン、と芽衣は肘で沖崎を突っついた。
「あのさ、ちょっと訊いてもいい?」
「あ? なんだ?」
前を向いたまま、沖崎は答えた。
「沖崎さん、奥さん、いる?」
沖崎が、芽衣を見返した。
「なに?」
「結婚、してるんでしょ?」
「あ、ああ」
「だったらさ、奥さんと旅行とか、行くよね」
沖崎が、眼をパチパチと瞬かせた。
うん、と芽衣はうなずいた。
「ハワイとかぁ、パリとかぁ」
「ち、ちょっと待ってくれ。いったい、何の話だ?」
「だから、旅行だってば。行ったりするでしょ?」
「い、いや……」
困ったような表情で、沖崎はほっぺたを指でこすった。
「行かないの?」
「いや、旅行なんか、その……どうして、そんなことを訊く?」
「ぜんぜん?」
「……宮崎には」
「宮崎ィ?」思わず、芽衣は声をあげた。「宮崎って、あの、宮崎県の宮崎?」
「ああ……」
どうして、宮崎? 面白いとこ、あんのかな? 行ったことないけど。
「海外は?」
「いや……ない」
「一度も? 奥さん、行きたいって言わない?」
「いや、だからその……それは、どういう話なんだ?」
「あのね――」
突然、沖崎がキョロキョロと車内を見回し始めた。
あ、そうか……と、上野に電車が着いたことに気づいて、芽衣は口を閉ざした。
沖崎さん、犯人の尾行やってるんだった。駅に着いたら、ちゃんと犯人を見張ってなきゃいけないんだよね。お仕事だもの。
芽衣は、ぺろりと舌を出した。
芽衣も、左手のほうへ目をやった。
手前の座席に中年の夫婦が腰を下ろしたために、クーラーバッグの男が見えにくくなった。
でも、ちゃんといる。大丈夫だ。
芽衣は、うん、とうなずいた。
沖崎の視線が落ち着いたのを見計らって、芽衣は話を戻した。
「たとえばさ、奥さんが、自分の貯金で旅行に行こうって言ったら、どんな気持ち?」
沖崎は、目を前に向けたままピクリと頬を動かした。
「そういうのって、男の人は、イヤかなぁ」
言ったとき、電車のドアが閉まった。
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