あの女とは、2度ホテルに行った。
3度目からは、オレのアパートへ来るようになった。その理由がセコイ。
「だって、お金、もったいないでしょ? そのホテル代、あたしにくれない?」
何かにつけ、あの女はカネを要求する。
「ふざけんなよ。オレだって安月給でピーピーなんだぜ。そうそう余ってるカネなんてねえよ」
言うと、その次からは誘いに乗らなくなった。結局、丸山知子と寝たのは5回だけだ。まあ、5回で充分の女だった。長くつき合うには危険すぎる。
だから、沢井にはうってつけだ、と延原は思った。
中吊り広告を眺めるようなふりをして、そっと隣を窺った。沢井は、膝に置いたブリーフケースをじっと見つめていた。
この様子だと、こいつ、かなりあの女に惚れている。
だいたい、沢井のようなお坊っちゃんタイプなら、あの女の言うことを、そのまま信じてしまうだろう。しかも、丸山知子ってのが、男の気持ちをウズウズさせるのがうまいときてる。たっぷり経験済みだ。
そう、まず、あの女にひっつけちまうこと。
そして、いいだけしゃぶられることだ。
彼女はカネを要求するだろう。あの女のことだ、沢井にはオレとは違うねだり方をするに違いない。そういう演技を見抜く力は、この沢井にはない。
こいつは根っからのマニュアル人間だからな。仕事でも、人間関係でも、なにもかも図式的な考え方しかできないヤツなんだ。まあ、詐欺に遭いやすいタイプというか。
そして、頃合いを見計らって、それとなく客のカネのくすね方を教えてやる。つまり、ポケットにナイフってヤツだ。ナイフがあれば使っちまう。拳銃があれば撃ってしまう。自分の自由になるカネが転がっていればつかんでしまう。それが、人間ってもんだ。しかも、ちゃんと理由がある。悪いことだとわかっているが、その悪いことを敢えてやる理由が沢井にはある。つまり、丸山知子が困っているという理由――。
延原は、沢井に目を返した。
沢井の肩をポンと叩いた。
「行ってやれよ」
「行く……?」
沢井が、ハッとしたように顔を上げた。
「蒲田のクラブだよ。丸山知子に、いや、ミカちゃんに会ってさ――オレから聞いてきたなんて、言うんじゃないぞ。偶然だって顔してさ、びっくりした顔してさ、そしたらあの子、会社に黙っててくれって言うだろうから。あとは、お前次第だよ」
言って、延原は沢井に笑いかけた。
電車が上野駅へ滑り込んだ。
「おっと、乗り換えだ、乗り換え」
延原は、上着をつかんで立ち上がり、中央のドアへ向かった。ドアの前に立ってから、歩く方向が逆だったと気づいた。前の方へ行くんだった。
ま、いい。と、延原は小さく肩をすくめた。
沢井が並ぶようにして横に立った。
左側に座っている酔っぱらいが、なにかつぶやいていた。
ドアが開き電車を降りると、延原はホームの中央へ向かって歩きながら沢井に声をかけた。
「な、沢井君。行ってみなよ。クラブ」
沢井は、何か考え込んでいるようだった。
よっぽどショックだったのだろう、と延原は思った。
沢井にしてみれば、丸山知子はサラ金やクラブなどとはまったく無縁のお嬢さんにしか見えていなかったのだ。ところが、思ってもいない話を聞かされた。それがよほどショックだったのだ。こいつの頭の中は、今、丸山知子のことでいっぱいになってる。
「延原さん」と、沢井が声を掛けてきた。「そのクラブって、蒲田のどこにあるんですか?」
そうそう、それでいいんだよ。
延原は、精一杯の笑顔を作りながら沢井を振り返った。
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