![]() | 24:01 稲荷町-上野駅 |
もしこれが……と、沢井は思った。 もし、丸山知子自身から、彼女の悩みを打ち明けられたのだとしたら、こんな腹立たしさを感じることはなかった。むろん、僕ができることなどタカがしれている。でも、力になってあげられることだってあるんじゃなかろうか。 力になりたい、と沢井は思った。
しかし、この延原のバカが「いい手がある」などと言ったばかりに、なにもかもが薄汚くなってしまったのだ。 よし、と沢井は下腹に力を入れた。
この馬鹿野郎に天誅を下してやる。
むろん、常識的に考えれば、課長に話すのがスジというものだろう。客に――それも自分の担当外の客に、社内の不正を話してしまうなどというのは、あまりほめられた行為ではない。 そう、やはり、吉岡さんに直に話をするべきだろう。吉岡さんは、けっこうあれで苦労人だと聞いたことがある。直接話をすることについて、社内での僕の立場を説明すれば、僕からの告げ口だということは伏せてくれるだろう。なにより、吉岡さんの被害を救うために話をしてあげるのだから。 「行ってやれよ」
延原が、沢井の肩を叩いて言った。
言いながら、延原は、ニヤリと笑ってみせた。 「乗り換えだ、乗り換え」
そう言って、延原はシートの脇に置いた上着をひっつかみ、車両中央のドアへ歩いた。 電車が停まり、ドアが開くと、延原は多少ふらついた足取りでホームへ降りた。沢井もそれに続いて電車を降りる。 「な、沢井君」と、ホームの前方へ足を向けながら延原が言った。「行ってみなよ。クラブ」
いや……と、沢井はホームの中央で向かい合って立っている中年のカップルの脇をすり抜けた。女が男に「なによ」と甘ったるい声で言っていた。
行くのもいいかもしれない……と、沢井は思った。
オーケイ。 「延原さん」と、沢井は声を掛けた。「そのクラブって、蒲田のどこにあるんですか?」 延原が、ニヤッと笑いながら、沢井を振り返った。
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![]() | 延原の バカ |
![]() | 女 | ![]() | 男 |