心なしか、矢萩の脚が加奈子の太ももに押しつけられてきたように感じた。
いいわよ。太ももの感触ぐらい、味わわせてあげるわよ。
そのかわり、やることはちゃんとやってもらうからね。
ぶん殴るぐらいじゃだめなんだよ。ウチの亭主、すぐへたっちまうけどさ、徹底的に、やってくれなきゃ承知しないからね。喉を絞め上げて、息の根止めて。いや、刃物のほうが確実かな。首絞めるんじゃ、息吹き返すことだってあるからね。刃物で、その喉を突いてやればいい。いっそのこと、瑞枝さんも一緒にやっちゃったら? あんたをコケにした女でしょ? あたしもコケにした女だ。両方、いっぺんに殺っちゃえばいいのよ。
「あんた、電話かけてきたのいつだっけ?」
訊くと、矢萩が視線を寄越した。
「電話?」
「あたしに。かけてきた電話」
「ああ、ええと」
と、矢萩が腕の時計に目をやった。
「11時ぐらいか? ちょっと前だったかな」
「だとしたら、1時間ぐらいは経ってるわね」
「ああ、だから?」
「だからじゃないわよ。それ、ウチの亭主があんたの家に入ったばっかりのとき? それとも、入ってから時間が経ってたの?」
「……なにが言いたい?」
矢萩が、探るような目で加奈子を見つめた。
ふう、と加奈子はため息をついてみせた。
あたま悪いな、この男。
「踏み込むつもりなら、ウチの亭主が帰った後じゃなにもならないじゃないの」
「ああ、そんなことか」
「まだいるって、確信があるの?」
「ああ。まだ、真っ最中だよ」
言って、矢萩はニヤリと笑った。
「……どうしてわかんのよ、そんなこと」
「カミサン、すぐにはじめるような女じゃないってことさ。段取りがあるんだ。あんたの場合、段取りは必要ないのかい? すぐさまベチョッとやっちゃうクチかよ」
「…………」
ニヤニヤ笑いかける矢萩の顔に、なんとなく、ぞっとした。
言い返そうとしたとき、電車が上野駅に着いた。
矢萩が立ち上がる。加奈子の膝をかすめるようにしてドアに進んだ。
加奈子は、小さく息を吐き出して、シートから立った。
ドアが開き、矢萩は、そのまま電車を降りた。
「上野でございます。この電車、渋谷行でございます」
アナウンスを聞きながら、加奈子は矢萩に続いてホームへ降りた。入れ違うようにして、長髪の男と、中年の夫婦が電車に乗り込んで行った。夫に続いて電車に乗る妻がため息をついたように、加奈子は思った。
矢萩の後に従うようにしてホームを歩き始めると、そのとたんに、矢萩が後ろを振り返った。
「…………」
驚いて、加奈子は足を止めた。
矢萩は、降りたばかりの車両のほうへ目をやり、ニヤッと笑って加奈子を見返した。
「……なによ」
言うと、矢萩が加奈子の肩に手を回してきた。
「…………」
振り払うべきだろうか、と考えているうちに、矢萩が歩き始めた。なんとなく、肩を抱かれて歩く格好になった。
「はい、ドア閉まります」
アナウンスが言った。
最後尾のドアの前に、若い女が立って前方の階段を見つめていた。
わかったわよ。
と、加奈子は腹を据えた。計画が決まった。
あんた、あたしとヤリたいわけね。せいぜい、そう思ってなさい。あたしとヤレると思って、それで結局ヤレなかったら、あんた、その瞬間に切れるね。で、その怒りをどこかにぶつけたくなる。どこって決まってるわよね。あたしの亭主。腹いせに、亭主を殺してちょうだい。瑞枝さんはどっちでもいいわ。
加奈子は、肩を抱いている矢萩のほうへ、ほんの少しだけ身体をすり寄せてやった。
階段を見つめていた女が、突然、その階段に向かって走り出した。
なんとなく、その女を眺めながら、加奈子は矢萩とともに階段へ足を進めた。
矢萩の手が、腕の脇を滑り、腰に回ってきた。
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