くそお、まだ着かないのか!
矢萩は奥歯を噛み合わせながら思った。
電車が、やけにノロノロと走っているように思えて仕方がない。
このデカのおかげで、せっかくの加奈子の尻の感触が台無しだ。
矢萩は、正面に視線を向けるのを避け続けていた。意識すると、なかなか難しい。つい、目がデカのほうへいきそうになる。懸命に耐えた。
「あんた、電話かけてきたのいつだっけ?」
いきなり、加奈子が訊いて、矢萩はギクリとした。
加奈子を見返す。
「電話?」
「あたしに。かけてきた電話」
「ああ、ええと」と、矢萩は時計に目をやった。「11時ぐらいか? ちょっと前だったかな」
「だとしたら、1時間ぐらいは経ってるわね」
「ああ、だから?」
「だからじゃないわよ。それ、ウチの亭主があんたの家に入ったばっかりのとき? それとも、入ってから時間が経ってたの?」
加奈子の口調は、相変わらずつっけんどんだった。
ただ、そのきつい口調に色気がある。突き放しているようでいて、こちらに絡めてくるような、そんな色気だ。
「……なにが言いたい?」
矢萩は、加奈子の目をのぞき込みながら訊き返した。
「踏み込むつもりなら、ウチの亭主が帰った後じゃなにもならないじゃないの」
「ああ、そんなことか」
「まだいるって、確信があるの?」
矢萩は、なんとなくおかしくなって笑い顔になりながらうなずいた。
「ああ。まだ、真っ最中だよ」
「……どうしてわかんのよ、そんなこと」
「カミサン、すぐにはじめるような女じゃないってことさ。段取りがあるんだ。あんたの場合、段取りは必要ないのかい? すぐさまベチョッとやっちゃうクチかよ」
「…………」
加奈子の視線が、ふっ、と揺れた。
こいつは、いいや。
気のせいか、ほんの少し、加奈子の頬が上気しているように思える。
ようやく電車が上野駅に着いた。
電車が停まる前に、矢萩は席を立った。ドアへ向かうついでに、加奈子の膝のあたりをズボンでなでてやった。ドアの前に立って、矢萩は自分の後ろに神経を集中した。
デカは、降りるのか、降りないのか……。
加奈子が立ち上がり、矢萩の後ろに立った。
チャイムが鳴り、ドアが開くと、矢萩はさっさと電車を降りた。
走り出したいのをこらえ、大股にホーム端の階段に向かって歩く。2、3歩進んだところで、我慢できなくなって後ろを振り返った。すぐ後ろを歩いていた加奈子が、はっとしたように矢萩を見つめた。
矢萩は、電車の窓から車内をのぞき込んだ。
デカは、シートに座っていた。降りる様子はない。
つい、嬉しくなった。
みろ、どうってことない。当たり前だ、オレはなにもしちゃいないんだからな。
思わず笑い、加奈子を見返した。
「なによ」
加奈子が、見つめ返してきた。
なんとなく気が軽くなり、矢萩は、加奈子の肩に手を回した。
払いのけられるかな、と思ったが、意外に加奈子はなにも言わなかった。
よけいに楽しくなり、矢萩は加奈子の肩を抱いたまま歩きはじめた。
こりゃ、いいや。
手間が省けた。そうか、そうか。この女、待ってやがったわけだ。
よし、じゃあ、このままどこかのモーテルにでも連れ込んでやるか?
いや、やっぱり、自分の亭主と瑞枝がクチャクチャやってるのを、見せてやったほうが効果的だろうか。
まあ、どっちでもいい。
と矢萩は思った。
どっちにしても、この女はいただきだ。なに、土壇場になって、いやだとか抜かしてみろ、そのときははり倒してでもいただいてやるさ。
「はい、ドア閉まります」
構内にアナウンスが流れた。
矢萩たちの目の前で、ホームに立っていた女が、いきなり階段に向かって走り出した。
なんだ、この女?
そちらへ目をやりながら、矢萩は加奈子の肩を抱いていた手を、ゆっくりと腰へ下ろした。
加奈子は、なにも言わなかった。
いい感触だ……階段へ向かいながら、矢萩はニヤリと笑った。
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