24:02 上野広小路駅 |
壁伝いに、できるだけ身体を寄せるようにして、クセルクセスは歩いた。 ホームの端まで来ると、人間が二人立っていた。 一人はサバの煮物の匂いを持ったオジサンで、クセルクセスは脇をすり抜けたところで、つい、その脚を止めた。向こうで壁に背中をくっつけて立っているお姉さんは、お酒とソース焼きそばの匂いを持っている。ソース焼きそばよりも、サバの煮物のほうが魅力的だった。 どうしたらいいんだろう……。
クセルクセスは、オジサンのほうから流れてくるサバの煮物の匂いを胸一杯に吸い込みながら思った。
由美子さんは「出てって!」と彼を怒鳴りつけた。 三日前まで、クセルクセスは猫だった。
一昨日の朝、目を覚ますと彼は人間になっていた。どうして人間になれたのかわからない。誰が人間にしてくれたのかもわからない。
当然のことだけれど、クセルクセスはそのとき由美子さんのベッドで、布団の上に丸くなって寝ていた。いつもと違って、ずいぶん寒かった。彼は、裸だった。 「誰……! 出てって!」
どうして、そんなことを言われるのか、彼にはまるでわからなかった。
なにもかもが恐ろしくて、クセルクセスは必死で逃げた。路地に飛び込み、植え込みの中を突き抜け――それは、いつもの巡回コースだったはずなのに、うまく通り抜けることができなかった。 「あんた、喋れないのか……?」
発音の仕方がよくわからないクセルクセスに、警察官はそう言った。 そのまま、そこで飼ってもらえるのかと思ったが、今日の午後になって彼は、その警察からも追い出された。着せてもらった服と、500円玉を2個だけくれて、警察は彼を道路へ追い立てた。 この人、飼ってくれないかな……。 クセルクセスは、サバの匂いを持ったオジサンを見つめながら、そう思った。
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サバの煮物の匂いを 持ったオジサン |
壁に背中をくっつけて 立っているお姉さん |