前の時刻

  

 24:06 末広町-神田駅-三越前
 東 大
 (あずま まさる)


     びっくりしたのは、そのぶっ飛んだオッサンがしきりに身体をスネイクさせはじめたことだった。まるで、ブレイクダンスを踊るように、身体全体がクネクネと波打っている。

 うっへー!

 マサルは、なんだか面白くなって、オッサンと一緒に身体を揺らせた。

 どうなってんの、このオッサン。

「カモン、ブラザー! ぶっ飛び兄さん。
 あんた、いったいどこの誰?
 見かけによらず、柔らかボディ。
 おめめギラギラ、頭ぐちゃぐちゃ。
 やったらめったら、ワイルドガイ。
 そんで、このあと、どうなんの?」

 男は、肩の上で頭をぐるりと回し、吼えるように合の手を入れた。
「ワ~ォ!」
 マサルは、よけい楽しくなった。
 車内アナウンスが鳴り始め、ギクリとしたように男が上を向いた。

「まもなく神田、神田です。JR線はお乗り換えです。なお、ただいまの時間、後ろの階段、閉鎖中ですからご注意を願います。お出口は右側に変わります。神田でございます」

 男が、電車の天井からマサルに目を返した。
 マサルはヒョイと肩をすくめた。

「ワォ!」

 男が声を上げ、マサルは席から立ち上がりながら、また身体をリズムに乗せた。

「おいら、次で降りるんだけど。
 あんたは、どこまで乗ってくの?」

 と、男もマサルに続いて立ち上がった。
「ガッガ、ギャベダー!」
「…………」

 男の言った言葉がよくわからなかった。
 意味はわからなかったが、キテル、とマサルは思った。だから、男の真似をして、ドアのほうへ進みながら、マサルも言葉を繰り返した。

「ガッガ、ギャベダー!」
「ガッガ、ギャベダッ!」

 男も、リズムに合わせながら、ついてくる。
 ドアの脇に立っていた男が、不審な表情でマサルたちを眺めていた。それが、マサルには愉快だった。

「ガッガ、ギャベダー!」
「ゴダダダ、ジーダ!」
「ゴダダダ、ギャベダー!」
「ジダジダ、ジーダ!」

 たまらなくなって、マサルは笑い声をあげた。
 ぶっ飛び兄ちゃんは、身体を揺らせ続けながら相変わらず無表情に「ワッ、ワオ、ワッワォ!」と吼えた。

 電車が、神田駅に滑り込む。
 マサルは、ドアのガラスを指でパチャパチャ叩きながら、男に合わせて「ワッ、ワォ、ワォワォ」と歌い続けた。男はマサルの隣に立ち、身体をスネイクさせ続けている。

 電車が停まり、ドアが開いて、マサルは笑いながらヒョイとホームへ飛び降りた。ホームにいた乗客が、驚いた表情で脇に避けた。
 続いてぶっ飛び兄ちゃんもドアから飛び出してくる。どうやら、彼もここで乗り換えらしい。

「ガッガ、ギャベダー!」
 叫ぶと、すかさず男も返す。
「ゴダダダ、ジーダ!」
「ガッガ、ギャベダー!」
「ゴダダダ、ジーダ!」

 マサルは、身体を揺すりながらホームを歩いた。男もマサルと並んで出口へ向かう。

「ガッガ、ギャベダー!」
「ゴダダダ、ジーダ!」
「ゴダダダ、ギャベダー!」
「ジダジダ、ジーダ!」
「ジーダラ、ジダジダ!」
「ジダジダ、ジーダ!」

 笑い声をあげると、男が「ガァァァァ!」と一声、吼えた。


    ぶっ飛んだ
オッサン
ドアの脇に
立っていた
ホームに
いた乗客

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