 | 24:07 神田-三越前 |
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小夜は、あなたが謝ることじゃないと言ったが、行きがかり上、やはりここは知美が謝っておく以外なかった。 「ああ、いいよ。僕で役に立つことなら、喜んで引き受けるよ」 一昨日、信二は、そう言った。 パソコンに詳しいし、自分のホームページも持っている。身近にいる人間に訊くとしたら、知美の周囲には信二しかいなかった。 それが、あんなヤツだったなんて……。 「問題なのは、やっぱりスキャナーをどうするかってことよね」 突然、横で桐恵が言い、知美は彼女のほうに目を向けた。 「スキャナー？」 小夜が、冷めたような声で訊き返した。 「うん。そうでしょ、あたしたちのホームページ作るためにはスキャナーが絶対に必要だってことはわかったわけだし」 「ああ、わかってないな――」 バカにしたような口調で、小夜は桐恵の言葉を遮った。それが信二の口調を真似たのだということは、知美にもわかる。 「ホームページという言い方は間違ってる。まあ、新聞も雑誌も、言葉の意味をまるで知らずにホームページと書き立てているからね。間違った言い方が君の責任だとは言い切れないところもあるが」 つらかった。 それを言ったときの信二の顔が目に浮かぶ。聞いている小夜や桐恵がむっとしていたのは痛いほど感じられたし、知美自身も信二に腹が立っていた。いっそ「もういい」と言って、帰ってきてしまえばよかった。 桐恵が、含み笑いをしながら首を振った。 「なんだっていいわよ。世間がホームページって言ってるんだから。ホームページはホームページよ」 怖いような気持ちがして、知美は小夜の顔を見ることができなかった。 ああ、あのバカ、殺してやりたい。 上の方で、スピーカーが、カチン、という音を立てて、知美は一瞬顔を上げた。 「まもなく三越前、三越前でございます。なお、半蔵門線鷺沼行の最終電車をご利用のお客様は、表参道でお乗り換えください。水天宮行の電車は終了しておりますからご注意を願います。三越前でございます」 信二がああいう態度をとった理由は、なんとなく想像がつく。 彼は小夜を意識していたのだ。小夜みたいなタイプに信二は弱い。ちょっとハーフっぽい美人。冷たい顔。二人で喫茶店に入っても、隣のテーブルに小夜みたいな女の子がいると、信二は落ち着かなくなる。知美は気がつかないふりをしているが、彼が隣の女の子を意識していることははっきりとわかる。腹が立つし、目の前にいるあたしは何なのよ、と言いたくなる。 子供っぽいヤツだ。 小学生みたい。好きな女の子をわざといじめるようなタイプ。無関心を装って、でも、その態度がみえみえ。 バカみたいだってこと、自分で気づかないんだろうか。 そう、信二は小夜を意識していたのだ。 軽く肘を押されて、知美は小夜を見返した。 「ねえ。あなた、あの男のどこがいいの？」 「え……」 聞かれて、知美は戸惑った。 「気が知れないわ。ああいうバカとつきあってるなんて」 ほんとに、どこがいいんだろう、と知美は思った。 あんなヤツの、どこがいいんだろう。 桐恵が小夜のほうへ、なだめるように手を上げた。 「人はそれぞれなんだから。あいつも知美の前でいいところ見せたかったんじゃないの」 「人をさんざんバカにして、そのどこがいいところを見せてるってのよ」 「自分の知識を披瀝したかったんでしょ。オレは、こんなに物知りなんだって」 「バカよ。あれはバカ」 あなたに気があるのよ、とも言えず、知美は眉を寄せた。 ばか。ほんとに、ばか。 「……ごめんね」 もう一度、知美は下を向いたまま言った。 いっそのこと、ひっぱたいてあげればよかった。 「いつもは、あんなじゃないのよ」 つい、そう言って、知美は口をつぐんだ。 かばってあげることなんてないじゃないの。 あんな、ばか、もう二度と会うものか。 口もきいてやらない。電話かけてきても、ガチャン、よ。 そう、もう我慢できない。 いつもは、あんなじゃない？ うそよ。あれが信二なんだ。いつだって、あの人は、ああなんだ。 ガキ……なのだ。 思わず、ため息が出た。 |
 | 小夜 |  | 桐恵 |