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「じゃあ、僕は向こうに離れていますから」
六条忍と名乗った女と不二夫に手を振って、達也は彼らから離れてホーム
の先頭へ向かった。
妙な取り合わせの男女3人が妙な雰囲気を作りながら固まって電車を待っ
ている。どことなく貧相な印象の男と、見た目には可愛らしいが結構きつそ
うな女、そして見るからに水商売とわかるケバイ女の3人だった。
彼らの後ろを通って、さらに前へ歩く。1番線への連絡通路の手前で立ち
止まって不二夫たちのほうを振り返った。
こちらを見ている六条忍に手を振ってやる。これもサービスだ。
ついでに、ポケットの中で送信機のボタンを押す。
《・-・・・》
向こうで、不二夫がニヤリと笑うのが見えた。
達也と違って、不二夫には受信機が必要だ。彼は、それをわからないよう
に背中に装着している。最初は携帯電話についているバイブレータを応用し
ようとしたが、静かな場所だとブルブルという音がかすかに聞こえるし、こ
ちらの送信するモールス信号がはっきり読みとれない。だから、不二夫は多
少の痛みを我慢して電極を直接背中の皮膚に貼りつけることにしたのだ。
でも……と、達也はなんとなく頭を掻いた。
こんなことやってて、そのうちヤバイことにならないんだろうか。
あの六条忍という女――どこかのテレビ局に出入りしているライターだと
言っていた。不二夫は、彼女のツテでテレビに出演できれば、それで一財産、
などと考えているらしい。ほんとに、そんなこと、うまくいくもんだろうか。
「オレ、奥歯が受信機になってんだ」
それを不二夫に話したのが、そもそもの始まりだった。
「受信機?」
「どういうわけか知らないけど、口開けてるとFM放送が聞こえるんだよ。
奥歯に銀をかぶせてあるんだけどさ、なんかの具合でそれがラジオの受信機
になってるらしい。うるさくてさ、イヤになっちゃうよ」
数日後、不二夫は「一儲けしよう」と持ちかけてきた。まったくバカバカ
しい計画だった。
また、六条忍がこちらに視線を寄越した。
なにを話しているのか、もちろんここからでは聞こえないが、不二夫の言
っていることはすべて想像がつく。
彼女は、バッグをゴソゴソとかき回すようにして何かを取り出した。メモ
を取っているようにも見える。そのメモを達也に手渡すのが見えた。
いいのかなあ……。
また、達也はそう思った。
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