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打ち合わせ通り、達也はホームの端へさしかかると六条忍に手を上げた。
「じゃあ、僕は向こうに離れていますから」
注意深く、しかしさりげなく、稲葉は六条忍の様子を観察した。
ポカンとした表情で、彼女は離れていく達也の背中を眺めている。達也は、
ホームの最先端で立ち止まり、そこから稲葉たちのほうへ手を振ってきた。
同時に、稲葉の背中に固定した電極が、ピリピリと信号を伝える。
《・-・・・》
トツートトト、つまり、受信準備完了というわけだ。
思わず、笑いが顔に出た。六条忍が振り返り、稲葉に目を返してきた。稲
葉はその笑顔のまま、彼女を見つめる。
「どうして」と六条忍が言った。「こんな時間に、こんな場所でなきゃいけ
ないんですか?」
いささか話が遠く、稲葉は彼女のほうへ歩み寄った。
「こういう時間を指定したのは、達也が病院勤務で、今日はこの時間しか空
いていなかったからです。地下鉄にしたのは、彼の帰宅に都合がいいのと、
それから実験にはうるさい場所のほうがいいだろうと思ったからですよ」
「うるさい場所がいい?」
そう、と稲葉はうなずいた。
「うるさければ、我々の話は彼に聞こえないでしょう?」
六条忍は、ふうん、という表情で、また達也のほうを振り返って見る。
まあ、病院勤務といっても達也の勤務先は食堂の隣の売店だが、別に嘘を
ついているわけではない。れっきとした病院内の売店に勤務しているのだか
ら。もちろん、それを、勝手に医者だと思い込むのは彼女の自由だ。売店の
売り子に比べれば、医者という先入観は稲葉たちにとってとても素敵な誤解
だった。
「じゃあ、はじめましょうか?」
と、稲葉は六条忍に言った。
「どういうふうにやるんですか?」
「達也にここから何か言葉を送ります。どんな言葉でもいいですよ。六条さ
んの好きな言葉を言って下さい」
すでに圧倒されているのか、彼女は大きく息を吐き出しながら、持ってい
たバッグを開けて中から手帳を取り出した。
なにをするのかと見ていると、その手帳を開いてボールペンで何か書き込
んでいる。ページを破り取ると、はい、と稲葉に差し出した。
「…………」
稲葉は、彼女の手から手帳の1ページを受け取って眺めた。
――人生は祭りだ。
そう書かれていた。
なんだこれ?
思わず、稲葉は目を上げて六条忍を見つめた。
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