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ホームの端のほうまで歩いてくると、別所達也が忍と稲葉不二夫に軽く手
をあげた。
「じゃあ、僕は向こうに離れていますから」
言うと、別所は3人ほどの利用客の脇を抜けて、そのままホームの一番端
まで歩いて行った。連絡通路の手前で立ち止まり、クルリとこちらを振り向
いて、彼は忍たちのほうへ、ヒラヒラと手を振ってみせた。
「…………」
なんだか、やっぱり怪しげだ。
そう思いながら、忍は別所から稲葉に目を返した。忍から数歩離れたとこ
ろに立って、稲葉はニコニコと微笑んでいる。
「どうして――」と忍は、バッグを胸の前で抱きしめるようにしながら言っ
た。「こんな時間に、こんな場所でなきゃいけないんですか?」
稲葉は、肩をヒョイとすくめ、忍に一歩だけ近寄った。
「こういう時間を指定したのは、達也が病院勤務で、今日はこの時間しか空
いていなかったからです。地下鉄にしたのは、彼の帰宅に都合がいいのと、
それから実験にはうるさい場所のほうがいいだろうと思ったからですよ」
「うるさい場所がいい?」
訊き返すと、稲葉は、フン、と1つうなずいた。
「うるさければ、我々の話は彼に聞こえないでしょう?」
「…………」
忍は、笑顔の稲葉を見つめ、そして後ろを振り返ってホームの向こうに立
っている別所に目をやった。
ようするに、インチキができないからっていうこと?
なんとなく、うんざりしてきた。やっぱり、この2人も偽物だったのだろ
うか。
インチキなんて、やろうと思えばいくらだってできるものだし、手品をや
る人間は必ずインチキはしてませんよというポーズを用意するものなのだ。
「じゃあ、はじめましょうか?」
稲葉がにこやかに言った。
「どういうふうにやるんですか?」
稲葉が、また肩をすくめる。このジェスチャーも、どこかインチキ臭い。
「達也にここから何か言葉を送ります。どんな言葉でもいいですよ。六条さ
んの好きな言葉を言って下さい」
ふう、と忍はため息をつき、胸に抱いたバッグの口を開けた。
そこから手帳とボールペンを取り出し、手帳のページを開いて1行書きつ
けた。
――人生は祭りだ。
そのページを破り取り、稲葉に渡した。
一読し、稲葉は眼を瞬いて忍を見返した。
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