前の時刻

  

 24:09 三越前-日本橋駅
 涌島道博
(わくしま みちひろ)


     言いすぎたかもしれないと、道博は「まあ、冗談はともかく」と3人に等分に笑ってみせた。
「そいつ、どういう女なんだ?」

「…………」
 3人とも黙っていた。
「普通じゃないよなあ。聞いてると」
 さらに重ねて言う。
 だが、やはり口を開くヤツはいなかった。

 ようするに公衆便所じゃん。
 誰も言わないので、道博は口の中でつぶやいた。
 カラオケで知り合った3人全員と寝ちゃうなんてさ、相当の女だよ。おっかねえ。

「まもなく日本橋、日本橋。東西線はお乗り換えです」
 アナウンスが告げた。
 あ、もう日本橋か、と道博は頭を上げた。
「今度の東西線西船橋行の最終電車は12分の発車です。お出口は左側に変わります。お手回り品、お忘れ物ないよう、ご注意を願います。日本橋でございます」
 腕の時計を見た。12分の発車なら、乗り換えには充分時間がある。

「宮地、さっき言ったこと、ほんとなのか?」
 門田が訊いた。さすがに、真剣な顔になっている。
「うん」と、宮地も思いつめたような表情でうなずく。「だって、オレも櫛部があいつとつき合ってるって聞いて、ショックだったんだもの」

「ショック……だよなあ。そりゃあ」
 門田は、自分に言い聞かせるような調子で言った。
 櫛部が宮地に顔を上げた。
「お前とみどりのつき合いって、友達っていうんじゃないんだろう?」
 また宮地がうなずく。
「うん……そう思ってた」
「思ってたって――」門田が言いかけ、気が変わったように肩をすくめた。「そうか。まあ、そうだな。オレも正直言って、友達づきあいじゃないと思ってたしな」

 どっちにしても、ろくな女じゃないよ。
 と道博は眉を上げた。
 ただの〈させ子〉だよ、そいつは。真剣に悩むような相手じゃないぜ。

「宮地は、その女のこと、好きなんだろ?」
 訊いてみたが、宮地は道博を見返したまま黙っていた。
「櫛部は、好きなんだよな、もちろん」
 櫛部も、やはり道博に目を返しただけだった。
「門田、お前はもう未練とかないわけか?」
 言って、あ、未練は古かったかなと、また思った。
「……なにが言いたいんだよ」
 門田がそう訊き返したとき、電車がスピードを落としはじめた。
 なんとなく全員でドアのほうへ移動する。

「一度さ」と、道博は半ばしらけながら言った。「みんなでそいつと会ってみれば?」
 3人が道博を見た。
「みんなで?」
 櫛部が訊き返す。道博は、うなずいてみせた。
「ああ。どういうつもりなのか、本人に訊くのが一番じゃないの? だれとつき合うつもりなのか」
「そんな……」
 宮地が、あきれたような声を出したとき、電車が駅に着いた。

 ドアが開き、次々にホームへ降りる。
 階段のほうへ固まって移動する。

「それもいいかもしれないな」
 突然、歩きながら門田が言った。
「なんだよ」
 と櫛部が訊き返す。
「いや、3人でみどりに会うっていうの」
「本気かよ」
 見ると、門田がうなずいていた。
「オレも、あいつの本心が訊いてみたいしさ」

 オブザーバーでオレも立ち会わせてくれないか、という言葉を、道博はすんでのところで呑み込んだ。


 
    公衆便所  門田   宮地   櫛部 

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