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 24:09 三越前-日本橋駅
 舟木知美
(ふなき ともみ)


    「力は借りない。でも、スキャナーぐらい借りてやってもいいさ」
 小夜が言って、桐恵が、プーッ、と吹き出した。
 知美も笑おうとしたが、その笑いは頬のあたりでこわばって貼りついてしまった。

「なによ、それ」
 笑いながら桐恵が言う。
「じゃあ、買うの?」
 と、小夜がそれに言い返した。
 桐恵は、グッとつまったように口を閉ざした。
「お金ないんだから、あるものを使うべきよ」

 信二に、スキャナーを借りる?
 あの信二から?

「まもなく日本橋、日本橋」
 と、アナウンスが言いはじめた。
 ああ、やっと乗り換え……知美はそう思って息をついた。なんだか、今日の電車はずいぶん遅く感じる。
「東西線はお乗り換えです。今度の東西線西船橋行の最終電車は12分の発車です。お出口は左側に変わります。お手回り品、お忘れ物ないよう、ご注意を願います。日本橋でございます」

「借りられるかな……?」
 アナウンスの終わるのを待っていたように、桐恵が訊いてきた。
「頼んでみてもいいけど……」
 知美は、なんとなく気が重くなりながら答えた。
「けど?」
 小夜が言葉のお尻を取って訊き返してきた。

 ホームページのことで、また信二に会うのは気が進まなかった。もう、彼とホームページだとかパソコンだとかインターネットだとか、そんな話をするのはいやだった。
 だいたい、信二に会うこと自体、気が重い。

「小夜……」と知美は彼女を見返した。「いいの? 彼のこと、怒ってるのに」
 肩をすくめるようにして、ふん、と小夜は知美を見つめる。
「知美が借りてくれるぶんには、あたしはかまわないよ」
「…………」

 うん、というように桐恵が横から知美を押した。
「じゃあ、借りれるかどうか、知美、訊いてみて」
 そうなるのか……と、知美は嫌々うなずいた。
「……わかった」

 借りるってことは、もちろん返すってことだ。
 最低、2回会わなきゃならない。いや、貸してと言った日に貸してくれるかどうかわからない。だとすると3回会うことになる……。
 まいったなあ。

 電車が、日本橋に着いた。
「じゃ、また明日にでも打ち合わせしよう」
 言いながら桐恵が立ち上がり、それに続いて知美も重い腰を上げた。
「オーケー、じゃあね」
 小夜が言って、知美は小夜が降りないんだと思い出した。
 慌てて、彼女に「明日ね」と告げた。

 桐恵と一緒に日本橋のホームに降りると、後ろから小夜が「おつかれー」と声をかけてきた。振り返って彼女に手を上げた。
「バイバイ」
 隣で、桐恵が手を振りながら言った。

 桐恵と肩を並べてホーム歩きながら、知美はもう一度ため息をついた。
「気にしなくていいよ。小夜のことは」
 まだ、桐恵は知美を気遣ってくれている。
「うん。ありがとう」
「ほんとは、知美、彼のところに残りたかったんじゃないの?」
 言われて、ぎくりとした。最初は、そのつもりだった……。

 大きく首を振った。
「あんなヤツ……もういいよ」
 あははは、と笑いながら桐恵が言う。
「よくないよ。スキャナー、借りてもらわなくちゃ」

 知美は、すくわれたような気持ちになって、思わず吹き出した。


 
     小夜   桐恵 

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