![]() | 24:09 新橋駅 |
「べつに」安江がからかうように舟山に言う。「ママからほったらかしにされて育ったから、舟山君はこんなに立派なおとなに成長できたんだろうなって思っただけだよ」 舟山がムッとしたのが感じられた。 なんてことだろう、と百合子は2人の男に挟まれて思った。 「ずいぶん……バカにした言い方ですね、それ」 舟山が安江に言い返した。 安江は、なおも舟山をあざけるような口調で言う。 「バカにしてるわけないだろう。舟山君は、アサカネの契約を80本もまとめるような凄腕を持ったお方なんだからさ」 しょうがない人たちだなあ、と百合子は小さくため息をついた。 頭の中に麻理の寝顔が浮かぶ。 その脇に、きゅっと口を結んだ義母の顔が浮かんだ。 「…………」 ふと、百合子は妙な気持ちになった。 どうして、夫の顔はすぐに浮かばないのだろう。 「ああ、なるほど」 安江に対抗しようというのか、舟山がバカにしたような口調を作って言った。 「なんだ、そのなるほどってのは」 安江が、気色ばんで訊き返す。 「ようするに、ひがみですか、それは安江さんの」 「ひがみ? おい、つけあがるのもいいかげんにしろよ」 いいかげんにしてと言いたいのはこっちよ、と百合子は安江と舟山を見比べた。 「よしなさい。みっともないわね、あなたたち」 チラリと安江が百合子を見た。 「けっ」と、吐き捨てるように言って、安江は百合子と舟山から目を背けた。 「ママが怒るとこわいぞ、か」 安江は、そうつぶやくように言って、嫌味を舟山から百合子のほうへ向けてきた。 どうして、この人たちは、こんなつまらないことで言い合いをしているのか。 アサカネの契約成立のお祝いに安江を同席させたのが間違いだったのかもしれない。大きな口を叩いてはいるが、この安江も、ずいぶん小心な男なのだ。自分の成績がなかなか上がらないことに苛立ちを感じているのかもしれない。 こういうのは、やっぱり男の課長のほうがいいんだろうなあ、と百合子は思った。 男ばかりのチームをまとめていくのは、正直言って、かなりしんどい。ストレートに課長と部下というつき合いをしてくれる男など、数えるほどしかいないのだ。 安江のようにハナから女をバカにしているか、あるいは、この舟山のように必要以上に気持ち悪くすり寄ってくるか……。 「安江さん」と、舟山が妙に澄ました声を作って言った。「気持ちはわかりますけど、安江さん自身がもう少しおとなになったほうがいいんじゃないですか」 また、この人は……と、舟山を見返した瞬間、思った通り安江が怒りを露わにして、彼を見返した。 「この野郎。偉そうな口叩きやがって。おまえ、誰に向かって言ってるんだ。気持ちがわかるだと? どういう気持ちだ。ええ? 言ってみろ」 ああ……と、百合子は一瞬眼を閉じた。 いやだ、いやだ。 「よしなさいって言ってるでしょう。2人とも」 言って2人を睨みつける。 「すみません」 頭を掻きながら、舟山が言った。 その謝り方も、どこかいやらしい。 祝勝会なんて、するんじゃなかった。と、百合子はまた思った。 時計を眺める。12時10分になろうとしていた。 |
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