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ホームに下りると、的場の目の前で、蔭山が手を叩きながらクルリと振り
返った。
「ほら、ちゃんと間に合っただろう?」蔭山がニヤニヤ笑いながら言う。「
電車の到着まで、まだ2分ぐらい余裕がある。あせる必要なんてないんだよ」
的場はチラリと横の詠子に目をやった。
彼女はぶすっとした表情のまま、ホームの先を眺めていた。
「蔭山と一緒だから、べつにあせったりしてないよ。お前の体内時計は、時
報よりも正確だからな」
言って詠子に目をやった。
詠子が的場に視線を返してくる。
「グリニッジ天文台が、蔭山のところに時間を問い合わせてくるって、知っ
てる?」
言うと、詠子は不機嫌そうな表情のまま、肩をすくめ、視線を足下へ落と
した。
そんなにむくれないでくれよ、と的場は心の中で詠子に言った。
君の気持ちもわかるけど、これはさ、言ってみればオレと蔭山の間の儀式
みたいなものなんだ。高校以来、ずっと続いてる儀式なんだよ。
蔭山を見返すと、彼はホームの先へ目をやっていた。
おそらく、電車に乗る位置がこの場所でいいかどうかを計っているのだろ
う。無駄な行動を嫌う蔭山のことだ。なんでも計画を立て、計算しなければ
気が済まないヤツだからな。
ここでいいという結論を出したらしく、蔭山は、そのまま的場たちを振り
返った。
「だけどさ、正直言って、ちょっとびっくりしたよ」蔭山はどこかに笑いを
含みながら、勝ち誇ったような口調で言った。「お前らが結婚することにな
るなんてな。いや、めでたいことだよ」
やれやれ、と思いながら的場は蔭山に首を振った。
「式とか、そういうのはまだまだ先の話だからね。きっと、結婚式を挙げる
のは蔭山のほうが先になるんじゃないか?」
すると、いかにも楽しくて仕方ないというように、蔭山は的場の肩を叩い
た。
「おいおい、よしてくれよ。俺は恋人もいないんだから」
的場は、ふたたび首を振った。
恋人がいない、だって?
じゃあ、前からつき合ってるあのご令嬢はどうするつもりなの?
思わず、それを言ってやりたくなった。
まあ、お前さんのことだ。ご令嬢とのおつき合いも、計算尽くだろうから
な。
「どうかなあ」と、的場は蔭山との儀式を続けることにした。「蔭山の周り
には女の子がいつも群れてるじゃないか。どんなことだって、お前がオレよ
りも遅いなんてこと、ないんだからさ」
思った通り、蔭山は満足げに微笑みながら、下唇をなめた。
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