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どういうつもりなんだろう、ほんとに……。
そう思いながら詠子は2人の男に従って階段を下りた。
パチン、と手を叩きながら、蔭山がホームの上で振り返った。
「ほら、ちゃんと間に合っただろう? 電車の到着まで、まだ2分ぐらい余
裕がある。あせる必要なんてないんだよ」
その言葉が、自分に向けられているのを詠子は知っていた。
たしかに電車に間に合わなくなるからと帰りを急がせたのは詠子だ。でも、
それは早く帰りたかったからだ。ほんとのところは電車なんてどうでもいい。
この2人と一緒の席にいるのが耐えられなかったからだ。
「蔭山と一緒だから、べつにあせったりしてないよ。お前の体内時計は、時
報よりも正確だからな」
的場が言って、詠子に視線を寄越した。
それを感じて、詠子は的場を見返した。
「グリニッジ天文台が、蔭山のところに時間を問い合わせてくるって、知っ
てる?」
言われて、詠子は、ため息をついた。
知らないけど、そんなことがあってもおかしくないわね、この蔭山さんな
ら。
あんまりじゃないの、と詠子はホームに描かれている黄色い線を眺めなが
ら思った。
この蔭山与志実って男は、なにを考えてるんだろう。そんなに嫌味なこと
がやりたいの? 蔭山と的場さんが親友の関係だなんて、まるで知らなかっ
た。ただ、営業部に一緒にいるだけなのかと思ってた。
高校も、大学も、そして会社まで一緒だったなんて。おまけに、配属され
た部課まで同じ――なんか、気持ち悪い。
「だけどさ」と蔭山が言い、詠子はギクリとした。「正直言って、ちょっと
びっくりしたよ。お前らが結婚することになるなんてな。いや、めでたいこ
とだよ」
嘘ばっかり、と詠子は思う。あなたが、私たちのことを、本気でめでたい
なんて思ってるわけがないじゃないの。いいかげんにしてよ。
「式とか、そういうのはまだまだ先の話だからね」的場が笑って言う。「き
っと、結婚式を挙げるのは蔭山のほうが先になるんじゃないか?」
「おいおい、よしてくれよ。俺は恋人もいないんだから」
言いながら、的場の肩を叩いた蔭山の声の調子に、詠子はぞくっと身体を
震わせた。
そして、続けて的場が言った言葉に、詠子は思わずギクリとした。
「どうかなあ。蔭山の周りには女の子がいつも群れてるじゃないか。どんな
ことだって、お前がオレよりも遅いなんてこと、ないんだからさ」
その的場の口調が、どことなく自虐的なものを含んでいるように、詠子に
は感じた。
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