24:09 赤坂見附-虎ノ門 |
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そうか……。 と、みどりは心の中で思った。 ジュン、真紀とつき合ってたのね。 アナウンスが「まもなく虎ノ門、虎ノ門です」と告げた。 真紀のほうは真剣だったのかもしれない。きっとそうだ。彼女のその気持ちは、あたしにだってよくわかる。 と、みどりは、困った表情のまま俯いているジュンを見つめながら思った。 こんなに素敵な人だもの。誰だって、好きになる。真紀も、ジュンのことが好きなのだ。 ジュン――。 みどりは、心の中で言いながらジュンに微笑みかけた。 でも、彼はみどりに視線を返してはくれなかった。 やさしい人だなあ、とみどりは思った。 ジュンって、ほんとうにやさしい人なんだ。あたしの気持ちを傷つけたと思っている。真紀とつき合っていたことで、あたしが気を悪くすると思っている。 だから、きっと、どう言い訳しようかって考えてる。 ふふ……と、みどりはちょっぴり微笑んだ。 そんなこと気にしなくていいのに。 ジュンが女の子にもてるって、当然のことだもの。誰だって、ジュンのことが好きになる。つき合いたいと思うだろうし、抱きしめてほしいって思うに決まってる。 でも、一番大切なのはね、ジュン。 あなたがあたしを選んでくれたってことなの。それが一番なの。 みどりは、ジュンの耳元に口を寄せた。 「ジュン」 その瞬間、ジュンが眼を閉じた。 なるべく、静かに、優しさを込めて、みどりはさらにささやく。 「ジュン。どうしたの?」 ジュンが、やっとみどりのほうを向いた。ただそれだけで、みどりは嬉しくなる。 「こんなこと、今ごろ言うのはへんだってことわかってるけど……」 みどりは、小さく首を振った。 「ううん。気遣ってくれているんだったら、大丈夫。あたしは気にしないから」 そのみどりに、ジュンも首を振り返した。 「いや、そういうことじゃないんだ」 「…………」 一瞬、みどりは戸惑った。 どこか、ジュンの表情が、さっきまでと違っているように見えたのだ。 その時、電車が虎ノ門のホームに滑り込んだ。 窓のほうへ目を上げるジュンの腕を、みどりはしっかりと抱き取った。本当は、彼を抱きしめたかったし、彼に抱きしめてほしかったが、どこかジュンの表情が、みどりの気持ちをほんのちょっとだけ不安にさせていた。 「そういうことじゃないって……?」 「違うんだ。へんなことを訊くようだけどさ――」 また、ジュンの目が駅のホームのほうへ向けられた。 ドアが音を立てて開く。同時に駅のアナウンスが鳴り響いた。 「虎ノ門、虎ノ門です。ご乗車ありがとうございました。この電車は、浅草行の最終電車です」 「なに? へんなことって?」 訊いたが、ジュンは言葉に詰まったような表情で、視線をあちこちに泳がせている。 ねえ、お願いだから、そんなにあたしを不安にさせないで。 「あのさ」とジュンは意を決したように言った。「オレ、君に結婚の申し込みをしたの?」 「……え?」 なにを言われたのか、みどりにはよくわからなかった。 ――結婚の申し込みをしたの? そう聞こえたように思ったけれど……。 それとも「結婚の申し込みをしたろ?」だったのだろうか。 そうだったのかもしれない。 次の瞬間、ジュンはみどりの手首を握り、まるで振り払うような素振りで絡めていた腕を解いた。 「オレ、結婚の申し込みをした覚えがないんだよ」 そう言って、ジュンが立ち上がった。 「…………」 みどりはジュンを見上げた。 彼の言っている言葉の意味が、まるで理解できなかった。 |
| ジュン | 真紀 |