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 24:09 赤坂見附-虎ノ門
 湯川潤
(ゆかわ じゅん)


     みどりが、じっと見つめている。
 なんとかしなきゃいけないということはわかっている。わかっているが、どうしたらいいのかまるでわからない。まさか、こんなことになるとは思っていもいなかった。

「まもなく虎ノ門、虎ノ門です」

 車内アナウンスが、湯川の気持ちを煽るように言う。
 みどりに握られた手が、硬直したように動かなかった。
 真紀は向こうへ行ったままだ。

 どうしたいんだ、お前は……と、湯川は自分に訊いた。このまま、みどりと結婚するのか? それを望んでいるのか?

 とんでもない。

 真紀をあのままにしておいていいのか? あいつと、別れるつもりなのか?

 とんでもない!
 いやだ。真紀と別れるなんて、できない。そんなのはいやだ。

 だったら、いつまでみどりに手を握らせておくんだ? なぜ、真紀のところへ行ってやらないんだ。
 もちろん、タイミングは逸してしまった。もっと前に――みどりが「結婚する」とみんなの前で言ったそのときに「そんな覚えはない」と言うべきだった。キスなんかして、みんなから祝福される前に、そうじゃないということを真紀に伝えるべきだった。

 もう、遅いかもしれない。
 完全に真紀を怒らせてしまった。もう、遅いのかもしれない。
 でも……だけど、お前は、真紀をあのまま放っておくのか?

「ジュン……」

 みどりが、耳元でささやくように言った。
 湯川は、息を大きく吸い込みながら、一瞬眼を閉じた。

「ジュン……どうしたの?」

 腹に力を入れて、湯川はみどりを見返した。
「こんなこと、今ごろ言うのはへんだってことわかってるけど――」
 言いかけた言葉を、みどりが首を振って遮った。
「ううん。気遣ってくれているんだったら、大丈夫。あたしは気にしないから」

「いや」と、湯川は首を振った。「そういうことじゃないんだ」
「…………」
 みどりが覗き込んでくる。
 みんなの視線が自分に向けられていた。ゴクリと、唾を呑み込んだ。

 言葉を続けようとしたとき、いきなり窓の外が明るくなった。
「…………」
 目を上げると、駅のホームが流れている。

「そういうことじゃないって……?」
 みどりが湯川の腕をからめ取るようにしながら訊く。
「違うんだ。へんなことを訊くようだけどさ――」

 電車が停まり、ドアが開いた。
「虎ノ門、虎ノ門です。ご乗車ありがとうございました。この電車は、浅草行の最終電車です」

「なに? へんなことって?」
 なおも、みどりが覗き込んでくる。
 乗り込んできた数人の乗客が、手賀の後ろを通って正面のシートへ腰を下ろした。

 落ち着かない気分だった。
「あのさ。オレ、君に結婚の申し込みをしたの?」
「え?」
 みどりが、ポカンとした表情で、湯川を見返した。

「はい、ドア閉まります。閉まるドアにご注意下さい」

 湯川は、もう一度、みどりを見返した。
 そっと、自分の腕からみどりの手を外した。

「オレ、結婚の申し込みをした覚えがないんだよ」
「…………」

 走り出した電車の揺れに引きずられるような格好で、湯川はシートから立ち上がった。
 見下ろすと、みどりは彼を見上げていた。


 
    みどり   真紀   手賀 

   

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